玉ノ井塾暫定掲示板



カテゴリ:[ ビジネスと社会/経済 ]


193件の内、新着の記事から10件ずつ表示します。


[196] 居酒屋ブルース 636  村田家の正月のもてなし

投稿者: 塾長 投稿日:2018年 2月20日(火)12時41分47秒 p6734095-ipngn30701marunouchi.tokyo.ocn.ne.jp  通報   返信・引用

 1.2  10:00 目覚める。肌寒い晴 、次男夫婦は初売りセールに行き、美来、駿はお留守番。
私は膝痛なので、自転車で、地元の香取神社に初詣。
この時間は鳥居の先まで、参拝者の長蛇の列であった。亀戸天神ほど厳しいチェックがないので、何組かは割り込み、ショートカットでズルして参拝していた。
 香取神社敬神会の加藤会長と年始の挨拶した。拝殿で振るまわれた「昆布茶」を頂戴した。
30分待って、参拝でき、七福神の恵比寿、大黒天もお参りできた。
家に帰って、昨日と同じように先祖、神様に線香、燈明して、お雑煮と酒を供える。
丸井、スカイツリーへ行った次男夫婦も戻り、正月三ガ日だけの朝食の膳を雑煮を祝った。
 14:30 カミさんと一緒に村田邸へ年始の挨拶のため、次男坊の運転で村田家へ向かう。
亀有時代から続く正月の行事である。途中、門仲を通ると、宮司の富岡長子さん(58歳)らが昨年12月に殺傷された富岡八幡宮の初詣客が激減、地元商店街にも大きな影響を与えていた。
TVの報道によると例年、正月二ガ日は約15~20万人の初詣客で賑わうが、事件を受けた今年は参道から参拝者の列が消えていたそうだ。屋台などにも閑古鳥が鳴き、売り上げは昨年の3~4割まで落ち込んだらしい。 15:00着、息子は「村田夫妻によろしく」と言って、帰って行った。
 村田邸は一年七ヶ月前から、新家族が増えた。ココと言う名のポメラニアンの牝犬である。
ポメラニアンの基本的な性格は友好的で活発であり、飼い主や家族と共にいる事を喜び、飼い主や家族に対しては依存性の強い甘えん坊の面を持つ犬種。
 このココの歓迎を受け、村田夫妻に新年の挨拶をして、祝い膳に着席した。美枝子さんから「料理をテーブルの下に落とさないで下さい」と注意された。
ココはまだ子供のため、判断できずに、食べ物と間違い錠剤、爪楊枝喉まで素早く食べてしまうようだ。
2週間前、ボタンを飲み込み、病院に行く大事件になった。バスタオルを膝にかけて用心深く対応した。
アサヒビールで今年もお互いツウペアの健康を祈った。
 美枝子さんが手作りしたハリハリ、丹波の黒豆、栗きんとんと合わせる。
ハリハリと黒豆は今年も絶品であった。手間をかけた栗きんとんも口取りの佳肴であった。
吉池で購入した紅の酢ダコも柔らかく美味い。私の好物であった。一本3000円の3年物の天城山の山葵が圧巻であった。店長がこの高級品を買っていただいてとお礼を言われた。
 村田邸のお節料理は銀座楼蘭が厳選した中華料理をたっぷりと詰合せた 別注のお節であるが、今年は息子の詩朗がうでを振るった。
30日から二日間で作るので、新鮮で繊細で極上な料理であった。
牛タン、チャシュウ、クラゲ、アワビは香料を抑えて美味しかった。
松前漬けも極上な摘まみであった。厳選したケンザキイカ、本マグロも新鮮で美味かった。
 ビールから玉箒(たまばはき)に変えた。玉箒(たまばはき)は正月初子の日に蚕室を掃いた箒のこと。
転じて心の愁いをはらい除く酒の異称である。
玉箒は 獺祭大吟醸2割3分で祝ってくれた。
私はこの超限定酒をゆっくり喉に転がし味わった。続いてバランタイン 19年も飲ませてもらった。蕩ける美味さであった。今年のツウペア旅行は5月末に北海道に行くことが計画された。
 夕暮れが迫って、小休止した。41階からの眺望は素晴らしかった。
 午後7時に令嬢の由紀ちゃんも参加し華やかな夕食になった。
  ご馳走は、村田の友人が南風泊市場から直送してくれた「ふくのてっさ」、「ふくちり」であった。
皿に、美しく盛り付けられた「てっさ」は身が透き通って、艶があってなんとも美味そうだ。
「てっさ」はポン酢で食べるため、新鮮な高知のスダチで私好みの味に整える。目でじっくり観賞したかったが、もう我慢できない。箸で2枚、摘み上げて唇の中へ。歯ごたえがあって、シコシコ感がたまらない。
透き通った身ならではの甘み、なめらかな舌触りが伝わってくる。
歯も、舌も、喉も、食道も、胃も驚く衝撃の美味を今年も体感できた。
ふくの味の違いは、「てっちり」で分かると食通に聞いたことがある。味覚の微妙な変化に没頭した。
まさに故人が言った、この世の食べ物とは思えない、魔界の奇味であった。
正月にふさわしく、差し向いで、明るい華やぎの時間であった。
遠慮したが、膝痛の私を心配して、美枝子さんが20:45拙宅まで車で送ってくれた。




[195] 居酒屋ブルース 635 元旦の一期一会の宴 

投稿者: 塾長 投稿日:2018年 2月20日(火)07時19分30秒 p6734095-ipngn30701marunouchi.tokyo.ocn.ne.jp  通報   返信・引用

 2018.1.1 晴 昨日 江戸城北の総鎮護である穴八幡宮へ18:30お参りした。江戸時代から続く、金銀融通の「一陽来復」御守を 頂いた。
さすがに、この時間は静かな境内で、参拝者もまばらであった。
帰り道、東西線の早稲田駅の階段で右膝を痛めてしまった。下って、さらに向こう側の東陽町駅ホームへの上りの階段は厳し過ぎた。
 今朝 10:00に起きても、膝痛は回復せず、二階からの下りは難儀であった。朝風呂で身を清め、年賀状を拝読した。
 12:30 かみさんが息子達家族を迎える体制が整った。
先祖、神様に線香、燈明して、お雑煮と酒を供える。
 この年、この月、この日、客を迎えてする茶は生涯中この一回のほかにあらず、と千利休はいった。毎日顔を合わせる友人や家族や仕事仲間であっても、
言葉を交わすその一瞬一瞬は「一期一会」である。
相手を思いやり、出逢えたことに感謝をしなさい。というような意味になる。
この「一期一会」は、井伊直弼の著書『茶湯一会集』に、初めて出てきた言葉らしい。元旦には特別に心に刻む言葉である。
 その恒例の一期一会の祝い宴である。
 13:00 長男家族3名、次男家族4名が集合した。
12.29に美枝子さんからお裾分けしたカサブランカが南天に替わる祝い花だ。
二日で見頃になった花を披露する。孫たちにお年玉をプレゼントする。
美来、駿は3万円をすでにゲットしていたことに驚く。
「明けましておめでとうございます」でビールの乾杯で宴がスタートする。
今年の御節の三種肴 酢だこ、田作り、紅白の蒲鉾。 これを天城の山葵で頂く。
祝い酒は「満寿泉 限定1000本 純米大吟醸」を提供した。
飲み口、かおり、余韻に大迫力であった。しかも落ち着いた厚みのある感じがした。孫たちにはチョイスで取り寄せた極上肉の焼肉とエビフライに大喜びであった。
 親戚の勝則さんが年始の挨拶に来てくれ、例年通り干支の犬の手拭いと孫たち3人にお年玉を散財してくれた。「料亭 きよし」で頂戴した昆布、ごぼう、あさり、イカ、海老、しらすの佃煮、村田家より差し入れの、はりはり漬け、丹波の黒豆、加島屋鮭を酒肴に酒が進む。奥さん方も気持ち良く日本酒を飲んで、献酬する。一年の始まりは楽しい話で盛り上がった。
 満寿泉を一本飲み切ったところで、〆はお雑煮である。和菓子屋で注文したきめ細やかでとろりと伸びる餅に孫たちもお代わりしてくれた。
記念写真を14:30に撮って、小休止した。4合は飲んだようで、久しぶりに酔う。 寝室で来月映画化される夢枕獏「空海、唐で鬼と遊ぶ」を読みながら午睡をした。



[193] 居酒屋ブルース 634 「料亭 きよし」の芸妓の芸

投稿者: 塾長 投稿日:2018年 2月 2日(金)08時44分38秒 p6734095-ipngn30701marunouchi.tokyo.ocn.ne.jp  通報   返信・引用

19:00(ブルース633の続き) 芸妓の芸を観賞する時間だ。
地方(三味線を弾き、歌う芸妓)のお駒姐さん、立方(踊りを踊る芸妓)の春奈さん、欣也さんと踊りの名取の芸者さんの四名が几帳(きちょう)のある次の間へ移った。
 お駒姐さんのリードで「打つや太鼓の音も澄み渡り 角兵衛角兵衛と招かれて 居ながら見する石橋の 浮世を渡る風雅者 うたふも舞ふも囃すのも 一人旅寝の草枕 」と長唄の越後獅子が始まった。
特に15年間修行した名取二人の踊りはプライドを賭けた熱演で地方の唄と三味線に息のあった芸を披露してくれた。
 長唄の中でも特に有名なこの曲。町人文化の賑やかなりし江戸後期の文化8年(1811年)に歌舞伎役者3代目中村歌右衛門の踊りのための曲として作曲された。ライバルの3代目坂東三津五郎の七変化の踊りに対抗するため急遽、作詞松井幸三・作曲九代目 杵屋六左衛門が各一日ずつで作られた七変化の中の一曲である。
これによって、歌右衛門所属の中村座は三津五郎所属の市村座に持っていかれたお客を取り返した。
200年経った今も人気のあるスーパーロングヒット曲である。
 駆け抜けるような軽快な曲調、繰り返される印象的な旋律、後半に向けての盛り上がりと、不思議なほど聴く人の心に馴染むこの曲で粋な異空間へ導かれていく。「きよし」の素晴らしい演出である。
次の演目は端唄「夕ぐれ」の踊りであった。
「夕ぐれに
眺め見渡す隅田川
月に風情を 待乳山
帆あげた舟が見ゆるぞえ
あれ 鳥がなく 鳥の名も
都に名処が あるわいな」の歌詞でしっとりとした、情緒ある踊りの端唄であった。
「長唄」は文字通り長いので、そのワンフレーズだけを抜き出した形で、短い唄が生まれた。
これが江戸後期の「端唄」である。
端唄は江戸の庶民が 広く愛唱し、通俗的に唄われた。端唄をもっと自由で、すっきりと小粋な芸になったのが小唄である。当初はこれも「端唄」と呼ばれていた。端唄が撥を使うのに対し、爪弾きで三味線を弾き、
幕末~明治期にかけて発達し、大正時代には流派が数多く現れ、現在は70以上もあると言う。
 40年前、森川さんと私は人形町の元芸者さんに小唄を習った。だが、半年で、二人共高崎へ転勤になり、物にならなかった。
 続いて、お駒姐さんの小唄と三味線、春奈さんの太鼓、欣也さんの笛で「かもめ小唄」の鳴り物入りのコラボで、息のあった芸を聴かせてくれた。
 フィナーレは「さわぎ」を春奈さん、欣也さんが元気よく踊ってくれた。
「さわぎ」の歌詞
隅田川さえ 棹さしゃ届く
なぜに届かぬ わがおもい
送りましょうか 送られましょうか
せめてあの町(ちょう)のかどまでも
花が蝶々か 蝶々が花か 来てはチラチラ 舞い遊ぶ
この家 座敷は 目出度い座敷 鶴と亀とが 舞い遊ぶ
とテンポを速くし、陽気に盛り上げてくれた。端唄にしては派手というか大胆な旋律で楽しかった。
 カラオケ大会になった。
大女将が「みだれ髪」を歌い、若女将に踊りを指名した。余興であろうが修練した見事な踊りであった。
5年前、国立劇場で 長唄 鷺娘を鑑賞したのを思い出していた。元気になった若女将の踊りはサプライズであった。村田は先週さだまさしのライブにいったせいか「無縁坂」を聴かせてくれた。
私は「関東春雨傘」で座を盛り上げた。村田の指名でトリは忠臣蔵の浪曲演歌「俵星玄蕃」を歌った。
芸者衆のやんやの喝采を受けた。
 別世界での楽しい時間は速い。〆はおにぎりで奈良漬と胡瓜の糠ずけが美味かった。
9時近く、美枝子さんが迎えに来てくれた。
 村田のお陰で、今年も中味が濃い、実に楽しいお茶屋遊びが出来た。
 村田、ありがとう。



[192] 居酒屋ブルース 633  向島「料亭 きよし」の料理

投稿者: 塾長 投稿日:2018年 1月30日(火)07時02分52秒 p6734095-ipngn30701marunouchi.tokyo.ocn.ne.jp  通報   返信・引用

12.29 曇天 一ヶ月前に誘われた、待望の日であった。プリンターが年賀状セットのため、昨年の「きよし」のブルースはプリントできないので、玉ノ井思潮20号を土産に持参した。
16:20 村田夫妻が向島の「料亭きよし」で遊ぶため拙宅に迎えに来てくれた。
村田はポチ袋に御祝儀を6人分入れるため、5000円のピン札を用意していた。
だが、一枚がピンでないので拙宅の5千札に替えた。凄い気配りであった。
カミさんに持参した愛用の銀鼠色の大島紬を着付をしてもらった。大島紬を着たときの「シュッシュッ」という裾さばの音は心ときめき、遊び心が疼く。
 私も鳶色の塩沢を着せてもらった。丈が長くなっていた。それだけ身長が縮んだようだ。
美枝子さんの運転で18:00「きよし」へ繰り込んだ。
 夕暮れの薄闇に、大ぶりの竹の門松が立っていた。地元の鳶の頭が特注で作ってくれたそうだ。
 しめ飾りの玄関を入ると、薦かぶりの菊正宗が飾ってあった。すでに正月を迎える準備が完了していた。
大女将、若女将、仲居が「いらっしゃいませ」の大合唱で迎えてくれた。
 二階の胡蝶蘭と大きな羽子板が飾ってある昨年と同じの部屋に案内された。
村田が気を遣って、床の間を背負わせてくれた。
 床の間には浮世絵の美人画の掛軸が二幅あり、花は赤い実付きの縁起物の「万年青(おもと)」であった。
徳川家康は今川から独立し、居城を新築した。その祝に、三河の家臣長嶋長兵衛から万年青を献上された。
家康公はたいそう喜び、千代田城入城時もこの万年青を真っ先に持ち込み床の間に飾ったと伝えられている。
その後、徳川家が安泰であったことから、万年青が縁起物と用いられる風習となった。
 お茶屋遊びの魅力は芸妓の芸、贅を尽くした座敷、旬の料理と酒を味わう至福である。
この三つを一緒に花柳界独自の行き届いたサービスで贅沢な時間を堪能するのがお茶屋遊びである。
 季節感漂う、粋な異空間であった。春奈、欣也、駒子と踊りの名取の芸者の四名の綺麗どころの芸妓が待機していた。続き部屋には丹色の絹で作った几帳(きちょう)とカラオケ装置が用意されていた。
 暖かいお絞りを使った。
 5人にビールを注ぎ、村田の乾杯で宴がはじまる。初物の空豆とかまぼこ、あん肝の前菜。小鉢は風呂吹き(ふろふき)大根。薄味で上品な摘まみであった。お椀が具材にキンメのあら、にんじん、大根、ゴボウなどの根菜類、こんにゃく、ネギを使った粕汁。出汁に酒粕を溶かし味噌や醤油などで味を整える。少しくせのある魚と酒粕とは相性がよく、互いのよいところを引き出していた。
 体があったまったので、私はシーバスのハイボールに変えた。
村田は鬼武者の熱燗に変えた。刺身盛は突ん棒漁のカジキ、アオリイカ、ヒラメでツマが菊、花穂とハマボウフウであった。柿色のカジキが新鮮で美味い。トロッしたアオリイカも佳肴であった。
 若女将のあやちゃんが挨拶に来た。驚くほど元気になっていた。版画家の牛木さんから、若女将が早稲田大学オープンカレッジで〝お茶屋遊び〟を講演したことを聞いていたので、その感想を訊いてみた。
踊りの名取の芸者を連れての講演で好評だったという。
 大女将が挨拶に来る。私には佐藤商事の謝恩セールで会えなかったことを残念がていた。
村田から預かったポチ袋の御祝儀を芸者衆に配っていた。
彼女達は大喜びで村田旦那にお礼を言っていた。大女将もウイスキーのハイボールを頼んでいた。
続いてレモンを添えた柳カレイの焼物。これも上質の脂が乗って美味い。
 綺麗どころにビールを注いたり、村田は注がれたりでコミニュケーションを密にして気持ちよく酔っていった。私と大女将もハイボールをお代わりした。ここで、玉ノ井思潮の小倉さんのエッセイを披露した。
小倉さんと春奈さんのカラー写真が掲載されていたからだ。
春奈さんは大変に喜んでくれ、他の芸者衆も回し読みしてくれた。
男性客二人に、大女将、若女将、芸者衆四人、美人仲居の女性七人の豪華で盛り上がった宴会であった。



[191] 居酒屋ブルース 632  有馬記念

投稿者: 塾長 投稿日:2018年 1月25日(木)19時14分4秒 p6734095-ipngn30701marunouchi.tokyo.ocn.ne.jp  通報   返信・引用

12.24 有馬記念を見に、中山競馬場に行く予定であった。
船橋のウチダ指定の病院で成人病検診をした時以来だから、16年間ご無沙汰していた。
この日、寒いせいか、膝痛が起こってしまった。無理しても行くべきかと迷ったが、この状況ではと断念した。
有馬記念は数々の思い出があるレースである。昭和45年12月19日第15回の有馬記念は忘れられない。
当時、競馬が面白くて、深みにハマったころであった。この年のダービーで優勝したダイシンボルガード、
アローエキスプレスに圧勝した早熟の天才タニノムーティは姿を消してしいた。遅れて登場し、メジロアサマに秋の天皇賞で二着に好走した超良血馬のフイニイも出走していなかった。
その朝、報知新聞競馬蘭の「風のふくまゝ」の寺山修司の有馬記念数え歌がよかった。
気になった馬を次のように歌っていた。二つとせ、富士の高根の白雪の白馬の意地を人知るや(メジロアサマ)、五つとせ、幾年月の戦いの最後の花を友も見よ(スピードシンボリ)、七つとせ、名よりも実を取るために走れ五歳の日本一(アカネテンリュウ)、六つとせ、無情の年のくれがたにかける名馬の土俵ぎわ(アローエキスプレス)、八つとせ、やってみなけりゃらわからない血統の壁距離の壁(ハクエイホウ)、十つとせ、年の最後の大バクチなるか逆転四歳馬(クリシバ)、十一つとせ、人生はさよならだけの逃げ一騎(スイジン)と酔狂で書き並べてくれた。
 前日、先輩の恒川さんから、スピードシンボリとアカネテンリュウで鉄板だからと、一万円を預かった。
私はアカネテンリュウからメジロアサマ、スピードシンボリ、アローエキスプレス、ハクエイホウ、スイジンも気になったので500円馬券で5点流した。
 曇天、寒風の中、老雄スピードシンボリは本命アカネテンリュウを頸差だけ抑えた。恒川さん、見事大当たりであった。枠連5-6 750円であった。競馬場で馬券を取替え、鬼越の恒川さんのアパートに駆け付けた。 その夜、恒川さんはタクシーで私を銀座に連れて行き、食事をし、クラブで大盤振る舞いしてくれた。
いい思い出を残してくれた。
 さて、今年の有馬記念はテレビ観戦になった。キタサンブラックは天皇賞秋⇒ジャパンカップ⇒有馬記念のローテーションと3回も輸送されるのは、決してプラスではない推理した。天皇賞秋の激走で疲れが残っていると自信の消しであった。3番人気のジャパンカップを勝ったシュヴァルグランから流した。カミさんはルメール騎手が乗る8番人気のクイーンズリングとシュヴァルグランを指名した。
 レースは、スタートからゴールまでキタサンブラックの独り舞台であった。馬群の中からクイーンズリングが迫って2着。シュヴァルグランが3着であった。競馬において逃げこそ最強の戦法というのを改めて証明してくれた。キタサンブラックはナンバー1賞金王のスーパースターホースになった。
 サブちゃんの「祭り」が中山競馬場で披露されていた。
 配当は馬連 2-3 3,170円 9番人気 ワイド 2-3 1,180円 13番人気 2-10 280円 2番人気 3-10 2,760円 30番人気 馬単 2-3 3,810円 12番人気であった。
私は完敗であったが、カミさんは惜しかった。ワイドで買っていれば2,760円と非常に残念がっていた。
 これが競馬なのだ。
 JEXERで40分水中ウォーキングして、テルミナの魚喜で賄い丼(700円)を二人前購入した。
カミさんはビール、私はジョニ黒のハイボールで有馬記念を反省しながら賄い丼を食べた。
勝っていたら、よねさんでクリスマスイブを楽しみたかった。
 四日後 12.28 2017年を締めくくるのは2歳オープンのホープフルSが今年GⅠ昇格を果たした。
 なんとか、最後の大バクチなるか逆転二歳馬で有終の美を飾りたいと願っていた。



[190] 居酒屋ブルース 631  高島屋 大和屋 三玄での忘年会

投稿者: 塾長 投稿日:2018年 1月17日(水)12時42分58秒 p6734095-ipngn30701marunouchi.tokyo.ocn.ne.jp  通報   返信・引用

  12.15  晴。17:30 玉ノ井塾の忘年会が開催できた。予定メンバー16名が出席してくれた。「特別食堂」内の個室は広く、落ち着いた部屋であった。
日本料理 大和屋はHPによると明治10 年に大阪で 置屋「大和屋」を開業し、その流れで明治45  年 大和屋料理部を創設してお茶屋の営業を開始した老舗のようだ。
 ゆったりした椅子に座って、よくぞ・・・の想いであった。
                 *
 村田が責任を感じ、猛チャージで会場を探して、よくぞ確保してくれた。
眼の手術の後で、パソコンを使えないので、大将(鈴木君)に事情を話した。
時間勝負なので、緊急メールを発信してもらった。
「 塾員各位
直近の変更で誠に申し訳ありませんが、諸般の事情で忘年会の会場が急遽変更になりました。
新しい場所は日本橋高島屋の特別室です。(具体的な場所は明日ご連絡いたします)
参集時刻は17時30分にお願します。
これに伴い編集会議も変更された場所で行います。
明日のメールと掲示板にご注目ください。
以上、野村塾長からの指示で鈴木が連絡します」
                 *
 翌日(12.12)、私は手術後のチェックと消毒をするため、病院に行き、「眼を酷使しないで、休ませなさい」とコメントされた。再度、大将にメールを発信してもらった。
「  塾員各位
 昨日忘年会の会場変更についてお知らせしましたが、新しい会場での詳細要領が決まりましたのでご連絡い たします。
●日  時:12月15日(金)
編集会議:17時30分~17時50分
忘年会 :17時50分~19時30分
●場  所:日本橋高島屋、8階「特別食堂」内の個室
(佐藤商事 村田 和夫 名で予約)
●住  所:〒103-8265東京都中央区日本橋2丁目4番1号
TEL:(03)3211‐4111
●アクセス:・JR「東京駅」八重洲北口から徒歩5分
・東京メトロ 銀座線・東西線「日本橋駅」B2出口
・都営地下鉄 浅草線「日本橋駅」から徒歩4分
●料  理:日本料理 大和屋 三玄の会席コース(焼酎2本サービス)
●会  費:10,000円
●プレゼント交換用に各員1,000円~1,500円の物をご持参してください。
急な変更で誠に申し訳ありませんがお間違えの無いようよろしくお願い致します。
以上野村塾長からの指示で鈴木がご連絡します」
そして、鍋谷さんには、六本木さん、リアルシスの斉藤さん、カントーの梅田さんに変更連絡をお願いした。
                 *
 編集会議で21号の発刊が決まり、新年会は七福神巡り後、昼ランチで新年会をやることに決まった。
 宴は鍋谷さんの司会で、私が挨拶し、村田の乾杯でスタートした。
女性スタッフが二名専任でキビキビしたサービスをしてくれた。
大阪の伝統を継承した善美な千成コースは次の通りであった。
前菜 鰻煮凝り、牛肉手まり、鶏松風、鳥フライ、揚げ銀杏、海老とトビッコとクワイの小鉢、吸物 フグ皮真丈、お造り 本マグロ、鯛、アオリイカ、メイン 黒毛和牛ステーキかサワラの魚料理、
食事 混ぜご飯 香の物、みそ汁、 デザート 洋梨のコンポート、柘榴のワインゼリー と繊細な佳品であった。酒も心地よく、ゆっくりと酔っていった。
 私はサービスの芋焼酎 黒丸と炭酸水 で焼酎の炭酸水割りを楽しむ。日本酒好きは冷酒 澤ノ井(大辛口) 1合 1026円をお代わりしていた。赤ワインの好みはアメリカンのカリフォルニアワインを注文していた。鍋谷さんの司会でプレゼント交換も笑いが絶えなかった。ワイワイの盛り上がった宴であった。
 愉しい時間は速い。20:20 記念写真を撮って、お開きになった。
 玉ノ井思潮の発刊に協力した梅沢さん、斉藤さんは玉ノ井塾で招待し、15万円を村田に渡した。
 差額分は村田が負担してくれた。今回も好意に甘えてしまった。感謝です。ありがとう。



[189] 居酒屋ブルース 630  EMRの結果と兎眼矯正手術

投稿者: 塾長 投稿日:2018年 1月16日(火)12時12分2秒 p6734095-ipngn30701marunouchi.tokyo.ocn.ne.jp  通報   返信・引用

12.11 晴天。三つの重大な事件が重なった日であった。カミさんは例によって、アルバイトで外出であった。前日はソワソワし、不安は募るばかりでよく寝れなかった。
 事件1は11.14内視鏡的粘膜切除術(EMR)のLST(大腸の 壁にへばりつくように、 べったりと平坦に広がっているポリープ)の良性か癌か分かる検査結果が分かる日であった。
 10:50 墨東病院へ自転車で行く。40分待たされ三浦夏樹医師の部屋に恐る恐る入室した。何故びびるかは、LSTは通常の隆起しているポリープと比較すると、ポリープの高さがなく、周囲との明暗が目立たないので発見が遅れるため、発見時に、2~3割の割合で癌を合併しているといわれているからだ。
  三浦夏樹医師は「LSTに癌があった。癌であっても、深くめり込んでいない状態なので、発見したその場で内視鏡で切除できました。完全切除しましたが、取り残しがあれば必ず再発します。だから 来年の11.5に
大腸内視鏡的検査(CF)をやりましょう」と診断された。三浦医師のお蔭で早期発見、EMRで癌を抑えたようだ。不安は残るが、この病気については、運が良かったようだ。
 事件2は 13:00に村田から電話が入った。「手違いがあって、12.15の『銀座 楼蘭』での玉ノ井塾の忘年会ができない。自分も店を探すが、野村も対応策を考えてくれ」と緊迫した内容であった。
12.15は金曜日で忘年会の最盛期で、楼蘭レベルの店の手配は難しいと思った。「これから眼の手術をするので、術後対応する」と応えた。
村田は手術は知らないので、驚いて、「なんとか、店は探してみる。手術は頑張れよ」で会話は終わった。
事件であったが、数日の時間の余裕があった。店は探せば、きっとあると信じ、昼食は途中の「なか卯の京風きつねうどん」を食べた。14:00 おおつき眼科へ兎眼矯正手術をするため急いだ。
 瞼は非常に繊細で複雑な構造をしている部位である。私の場合は帯状疱疹後神経痛で右眼は麻痺しているため、左右差があって気になっていた。あっかんべに捲れた兎眼の瞼の矯正手術は麻痺しているため、難しい治療のようだ。手術自体は成功しても、手術を行ったことで、術後は次第に眉毛の位置が下がり、そうすると目が手術直後より少し細くなるため、「後戻りをした」と感じる患者も少なくないという。
患者の満足を得られない手術のようだ。リスクはあるが、右眼の痛みが激しく、我慢出来なくなったからだ。ドライアイが原因なら、下瞼を上げて、涙をためれば、ドライアイは改善すると確信したからだ。同意書に納得してサインをした。
 大槻院長は瞳孔を開く目薬を入れ、手術前の眼底検査をした。
「この手の手術は上手な先生なので頼れますよ」と不安を和らげた。オペ室へ移動し、名医に対面した。
40代前半でスポーツマンタイプであった。「麻酔打ちますねー」とキシロカイン注射液「2%」エピレナミン(1:80,000)含有で手術開始。チクッ、チクッからプスプスと右眼の周り注射される。
痛いけれど耐え続ける。看護師さんが「深呼吸ですよー」と激励する。痛みに耐えながら深呼吸したが、内視鏡的粘膜切除術(EMR)のLSTに比べれば、激痛ではなかった。
麻酔打った後、効果が凄まじく、皮膚を切っても痛みの感覚なかった。ただ、手術ライトが眩し過ぎた。
手術時間は一時間ぐらいであった。鏡を見せられ、瞼は痛々しく腫れていた。
リカバリー室はないので、待合室へ移動したが、局所麻酔のせいかフラフラしなかった。
15分休んで、治療費6850円を支払い、16:30 病院を後にした。
 19:00 カミさんが稲庭うどんを作ってくれ、21:30に疲れたのでベッドに行った。



[188] 居酒屋ブルース 629 「ステーキ はまだ」

投稿者: 塾長 投稿日:2018年 1月14日(日)09時00分31秒 p6734095-ipngn30701marunouchi.tokyo.ocn.ne.jp  通報   返信・引用

12.7 7:00に目覚める。窓辺から、紺碧の水平線に溶け込むようなオーシャンビューを観る。
熱海の海と晴天の空とのブルーのグラデーションを独り占めした。真鶴半島、初島の景観 が素晴らしかった。
 熱海ホテルの朝湯をご馳走になる。この時間帯は混んでいたが、心地よく癒された。2階のフロントだけにあるウオシュレットのトイレで用を足した。
8:00 昨夜の3階の大広間で朝食。お茶はセルフサービスであった。大谷さんが運んでくれた。
水菜、キノコが入った湯豆腐、焼魚は薄く切った塩鮭、ハム付のポテトサラダ、卵焼き、野沢菜のお新香、
みそ汁と想像以上の内容であった。特に、湯豆腐が良かった。良心的な朝食であった。
9:00 フロントで清算すると、酒代一人1000円の激安であった。往復踊り子号利用代金は7608円、入湯税が150円でホテルの取り分は2092円 まさに驚きの価格を実現!であった。
 9:15 無料送迎バスで熱海駅へ戻った。昨夜相談して、人気のホテルニューアカオの現地調査を決めた。ここも大谷さんがニューアカオと交渉してくれた。
 10:15 ニューアカオの無料送迎バスでホテルに着いた。ロビーは大混雑であった。大谷さんがスタッフと交渉中、ロビーの椅子に座って、大きな窓から、錦ヶ浦を眺望した。真下の岩に波が打ち砕ける景色が迫力満点であった。私はこの時点、このホテルが気にいった。一目惚れぼれであった。
 このフロントが最上17階で、客室はすべてそれより下の階、という不思議な作りのホテルである。
大谷さんに呼ばれた。営業スタッフが多忙中で、案内出来ないので、自由に見学することになった。
エレベターを下って、宴会場、客室、温泉大浴場、露天風呂を見学した。
大谷さんの情報収集だと、温泉大浴場、露天風呂が狭いので、来年大改造して、料金が一人17000円ぐらいになるという。団体には特にお勧めとのことであった。
 営業スタッフと具体的な検討はするが、内定の方向を納得した。ホテルから熱海の観光名所、上多賀にあるバラとハーブに囲まれた「アカオハーブ&ローズガーデン」へ無料バスで行く。
入園料1000円で、当然、入ると思っていたが、バラは咲いてないとのことで、市内ラウンドバス「湯~遊~バス」250円で11:40 熱海駅へ戻った。駅構内「ラスカ熱海」でカプチーノ421円を飲んで小休止。
 12:10 初川の側の裏路地にある「ステーキ はまだ」に着いた。入口を入ると、熱海在住の作家、橋田寿賀子の「おんなは度胸」の色紙が額に入って飾ってあった。
カウンターでは客が二組食事をしていた。女性スタッフに奥の左側の個室に案内された。坪庭を眺める静かな席であった。  品の良い30代の女性スタッフがオーダーを訊きに来た。
 4人は生ビールとおまかせ(海鮮&ステーキ)のランチを注文した。オーナーシェフが登場した。
前菜、サラダ、焼き野菜、北海道産のホタテ、ヒレかサーロインステーキ80g、ライス(追加料金600円でガーリックライス)、味噌汁、デザート。
 目の前の鉄板で、調理してもらいながら食事を進めていくので、量的にも充分であった。
コース料理で重要な前菜は、旬の食材をふんだんに使っているので小鉢や付け合せのお野菜が魅力。コンビーフのグラタンが佳肴であった。生ハムとサラダで、メインディッシュへ向かう気分を高めてくれた。
サラダは、シャキシャキの新鮮野菜と、美味しいドレッシングであった。焼き物は野菜からスタートした。
地元の野菜を色々と焼いてくれたが、三島のサツマイモが圧巻であった。会長はハウスワインを注文し、3人は浦霞の純米酒を頼んだ。新鮮なホタテがでる。海鮮が終わって、肉に入る。
3人はヒレ、私はドシッとしたサーロインをミディアムレアで注文した。静岡産黒毛和牛A-5は肉の質が良いので一噛みすると口でジュワっと、とろける美味であった。酒と赤ワインを飲みながら、オーナーとの会話が盛り上がる。
オーナーは話題が豊富で、戦艦大和の鉄板の厚さぐらいの鉄板を使っているという。鉄板は日に一度、研磨剤で研磨を行う。研磨剤で研磨した後はサラダオイルなどで酸化を防ぐ、そうだ。
 〆はガーリックライスで、ニンニクを多めに入れて頂き完食した。最後のデザートに至るまで品格が高い料理の品々を堪能でき、余韻も楽しんだ。鬼のいない極楽の気分であった。
 会計40080円であった。3人から1万円を回収した。3人も満足してくれた。
大谷さんは絶賛してくれた。愛嬌のある、親しみやすいオーナーに別れの挨拶して、13:40に店を後にした。
タクシー代は往復とも会長が払ってくれた。
 宮田さんが干物を土産にしたいと言うので、「アオキのひもの」に案内した。
熱海駅 14:29 踊り子号108で東京へ戻った。
 次回は久田会長の誕生日祝いをかねて、4.21に幹事会をすることに決まった。
 メリハリのあるユニークな2日間であった。



[187] 居酒屋ブルース 628  紀州鉄道 熱海ホテル

投稿者: 塾長 投稿日:2018年 1月12日(金)08時41分38秒 p6734095-ipngn30701marunouchi.tokyo.ocn.ne.jp  通報   返信・引用

12.6 快晴 東京駅(9番線) 12:00発 踊り子115号 13号車8~9番で無事に、久田会長と宮田さんに踊り子号の特急券・乗車券を手渡した。(定価なら往復踊り子で7608円)
 会長から、費用一万円を回収した。横浜駅で大谷さんが合流し、鉄路恙なく13:20に熱海駅に到着。
大谷さんが今宵のホテルへ無料送迎バスを呼ぶ。所要時間12分で65歳前後の総務課長の感じの運転手が迎えに来た。大通りから急な坂を下り、静かな伊豆山26にある紀州鉄道 熱海ホテルに2時前に着いた、
 紀州鉄道は50年ぐらい前に、会員制リゾートクラブの運営・管理や保養施設の経営をしていた。
内田洋行も社員の福利厚生施設として利用していた。
私も45年前の夏、家族4人で紀州鉄道 伊豆一碧湖の保養所を利用した。その後、その会員制リゾートクラブの運営もエキシブやトラストに差をつけられ、1979年には不動産・リゾート開発を営む鶴屋産業の傘下に入り、これらの施設をホテルにしたようだ。
「紀州鉄道」を名前に冠したホテルを展開しているが、関連会社の紀鉄ホテルが運営している。
 温泉街にそびえたつ大量集客型の自慢の保養所であった。外観はそれなりにのホテルであった。
2階のフロントでチェックインできた。フロントは60代の男性スタッフが一人で女の方がいないのが気になった。ロビーは喫茶店と土産処があり、意外に広い。冬の陽射しがいかにも熱海の感じで温かい。
 フロントの人が売店も喫茶室も担当していた。
 7階の711号は十畳の角部屋で陽当たりの良い部屋でオーシャンビュー、真鶴半島の眺望が素晴らしい。
トイレのタイル地が昔の我が家を思い起こして、懐かしかった。
お茶とお菓子で小休止して、総会会場の調査のため、営業スタッフに来てもらった。
なんと、さきほどの運転手であった。彼から熱海のホテル状況を聞く。ゴルフ場の聞き込みもした。
彼の奥さんが函南スプリングスのキャディーをしていたことを知った。
私がその倶楽部のメンバーと言う親近感が増したようだ。16年前までは、年間6回はプレイしていた。
その後、16年間一回もプレイしてないのだ。
 記憶しているのは、宮﨑会長、沼津のメンバーの野村税理士、静岡ユーザックの野沢さんとのプレイがラストであった。野沢さんは自腹で払ったが、3人分は珍しく宮崎会長が持ってくれた。
 打合せは40分ぐらいで終わり、一階の温泉大浴場へ行く。中国人のツアー客と思われる美人とエレベターで乗り合わせた。このレベルのホテルにもアジア系観光客くるのだと驚く。
 温泉大浴場は広い総大理石風呂で、円形の湯船に接続した岩から源泉が流れていた。お湯の泉質は肌に優しく心地よかった。さすが熱海温泉の湯であった。元々一つの浴室を竹で仕切って男女別にしてあった。
体裁が悪くもう少しやりようがあると感じたが不快な思いはなかった。
[泉質] カルシウム・ナトリウム塩化物泉[効能] 神経痛・慢性消化器病 であった。
 狭い脱衣場でトイレを探すと見つからない、2階のフロントにウオシュレットのトイレがあった。
 18:00 3階の大広間へ。大島と言う名の宴会場は25名、隣の駿河は60名の客がいた。
座って、用意された料理を見る。刺身の船盛には、コハダ、北寄貝、ホウボウ、マグロ、冷凍のスルメイカと予想以上に豪華であった。トマトとくらげのサラダ、茶碗蒸し、白味噌の鳥鍋、焼き魚はタラ、お椀はしじみ汁、香の物と種類も豊富。
 スタッフを呼ぶ。数分後来てくれ、ビール(600円)を2本頼んだ。会長の乾杯の発声で宴がスタートした。ビールをお代わりに手を挙げたがなかなか来てくれない。
会場を見渡すと、客はさらに増え、80名ぐらいに、女性スタッフが3人であった。しかも、御年70歳以上であった。ここまで人件費削減をするのに、驚きから尊敬に変わった。スタッフには私達が機敏に対応して、ビールと日本酒(500円)一度に注文した。食事は、茶碗蒸し、焼き魚、お椀は温かくなかったが、私は美味しくいただけた。食後のお茶のセルフサービスもビックリしたが、美食家の三人も文句は言わなかった。
 19:20 部屋に戻った。布団も綺麗で四組が敷いてあった。「昔の宿はこんな感じだたな~」と昭和ノスタルジーを思い起こした。とにかく、激安なので、満足してくれたようだ。
 USAC OB会では使えないホテルなので、明日は別のホテルの実地見学、観光客案内へ調査することにした。
 「往復踊り子号利用! 驚きの価格を実現!お食事2回付!『熱海 ホテル』で過ごす 熱海温泉大感謝祭 2日間」の長い旅行名の阪急交通社の一万円の旅であった。



[186] 居酒屋ブルース 627  玉ノ井思潮 記念20号発刊 

投稿者: 塾長 投稿日:2018年 1月10日(水)16時56分57秒 p6734095-ipngn30701marunouchi.tokyo.ocn.ne.jp  通報   返信・引用

  11.28 曇  カントー梅田さんに
「玉ノ井思潮 №20 送り先及び部数リストです。よろしく、お手配ください」とメールした。
翌日、「彼から仕上り日・・・11月30日 各所到着日・・12月4~5日となります」と返信された。
 ついに、発刊できた。まさに「万感の思い」でメールを拝読できた。
玉ノ井塾の最大の事業が完成し、感無量であったあ。
  鈴木君の驚異的な頑張りで達成できたのだ。重い風邪を引いても、無理してくれた。
北沢編集長、私も鈴木君が仕事をやりやすい環境整備はしたつもりであるが、鈴木君の孤軍奮闘であった。
 鈴木君は阿久津前編集長はよく頑張ってくれたと評価した。私もそれを認め、北沢君、鈴木君、松本先生と相談して、事後報告であったがWordソフト2万円、一時間当たり1000円の作業で、50時間5万円の要求額を2万円値切って3万円(合計5万円)を支払った。
 私の推定では、鈴木君は倍の100時間以上のは作業に集中してくれた。感謝、感謝である。
                     *
 この日、USAC OB会大谷さんより、次のようなメールが届く。

幹事の皆様へ

 次の総会会場下見と忘年会を兼ねて、
幹事会を次にて開催しますのでご出席をお願いします。

              記

日 時 : 12月6日(水)、7日(木)

場 所 : 紀州鉄道 熱海ホテル
        電話:0557-83-1121

会 費 : 10,000円(交通費・1泊2日2食・込々)

旅 程 : 6日 東京駅(9番線) 12:00発 踊り子115号 13号車8~9番
        会長と宮田様は、御自宅の最寄り駅から東京駅までは、
        普通乗車券(スイカでなく)で乗車され、踊り子号にて、
        野村様から踊り子号の特急券・乗車券をお受け下さい。

       7日 12:30~、ステーキハマダでステーキ・海鮮コース(7,500円予定)の昼食
          熱海駅 14:29発 踊り子108号     東京駅 15:49着
    尚、6日、小生は横浜駅から乗車の予定です。
                            以上

12月は忘年会の月であった。事務局大谷さんのメールも的確であった。
                     *
 この夜、カミさんの姉さんを男鹿半島で接待したかったが、81歳の高齢者のため、外食は遠慮された。
カミさんの希望でアトレ亀戸に出店している(平成29年2月期)売上高13,504百万円の「魚喜」より寿司セット2601円を私が厳選して購入した。私は賄い丼699円で会食。新鮮なので、姉さん喜んでくれた。
 手芸が趣味で、来年干支である犬の人形を作っているという。立派な趣味ですね」と称えた。
 カミさんと私は元気を頂いた。


レンタル掲示板
193件の内、新着の記事から10件ずつ表示します。

お知らせ · よくある質問(FAQ) · お問合せ窓口 · teacup.レンタル掲示板

© GMO Media, Inc.