玉ノ井塾暫定掲示板



カテゴリ:[ ビジネスと社会/経済 ]


133件の内、新着の記事から10件ずつ表示します。


[135] 居酒屋ブルース 584 安房神社と ふれあい野鳥館

投稿者: 塾長 投稿日:2017年 7月24日(月)18時54分28秒 softbank126077118192.bbtec.net  通報   返信・引用

  国道410号を南下した。案内看板があったので、迷うことはなく、15分で安房神社に着いた。
参道の横にある駐車場に車を止めた。
こちらの鳥居は白い神明鳥居で、東郷元帥揮毫の官幣大社安房神社の石碑が格が高い神社であることを示唆していた。入ってすぐに清々しい空気に包まれた。
鳥居からのびる参道には桜が植えられていて、満開の時の美しさを想像できる。
参道には人影はなく、静寂そのもので野鳥が囀りが心地よかった。
                                          *
房総半島の南端に近いこの場所は、日本列島を龍の形になぞらえると北海道が龍の頭で沖縄や南西諸島が尾の端、そんな中で、安房神社の位置する房総半島はまるで東京湾という龍の玉を持っている「手の爪」と見ることができる。玉を持つ爪の部分。そのため「つかんだ運は離さない」のご利益がある金運神社なのだ。
経営コンサルタントで、経営の神様と言われた船井総合研究所の創業者船井幸雄氏が「お金に困りたくなかったら、ここにお参りするといい」と言ったことに由来してるらしい。
氏が伝えた日本三大金運神社はこの神社と、富士山の二合目に建っている『新屋山神社』、石巻にある『金華山黄金山神社』である。機会あったら参拝したいと思っている。
                                           *
野鳥の囀りを聴きながら、両脇には桜並木が続く、参道をゆっくりと進む。
二の鳥居の参道に沿って大型駐車場があった。本殿まではかなり歩きそうであった。
 鍋谷さんは膝が悪い私のため、その駐車場へ車を移動してくれた。鍋谷さんの気配りに感謝した。
二の鳥居の前には、茅(カヤ)で編ん茅の輪(ちのわ)が設置されていた。これを参詣者が作法にしたがってくぐると、半年間の穢れを払い落とし、残りの半年間の病気や災いを免れるとされている。
通常、茅の輪くぐりは、六月の夏越の祓(なごしのはらえ)に行われる神事であるが、最近では、十二月年越の祓でも行われているようだ。
 境内を奥に進むと社務所のに前に手水舎があり、手や口を漱ぎ清めた。
右に折れると正面に拝殿が見えた。
拝殿の切妻屋根の上にある千木(両端にあるX型)と7本の鰹木(短い丸太)で神社の格の高さが分かると言う。この神社の鰹木には菊の紋があった。やはり格式の一宮(いちのみや)神社であった。
「一宮神社」とは、旧国内で最も社格が高いとされる平安時代~鎌倉時代にかけて成立した神社である。
 中央に拝殿、左奥に本殿。境内の周囲は吾谷山(あづちやま)山麓の森で銀杏、杉、ソテツの巨木があり、静寂と凜とした空間が広がっていた。
 厳しい階段を登って、「下の宮」の拝殿で奉拝した。
下の宮には天太玉命(あめのふとだまのみこと)の孫神である天富命(あめのとみのみこと)が祀られている。
 天富命は神武天皇の命を受け四国の阿波国を開拓した神である。さらに新しい地を求めて忌部氏を引き連れ船で漕ぎ出し、黒潮に乗り房総半島南に上陸。その地で麻や穀物を植えたという。
 上の宮には天太玉命(あめのふとだまのみこと)が主祭神として祀られているが、階段がさらに厳しいので断念した。
 団体の参拝者が集まって境内は賑やかになった。
ご神木の槇(マキ)は樹齢は500年と言われて、生命力に溢れていた。
 カミさんと一緒に社務所で御朱印を頂いた。満足の笑顔であった。
カミさんは神官の千差万別の筆遣いや神社ごとに個性ある印がある御朱印帳を見返して、訪れた時の光景を思い出すのが面白いと言う。
 鍋谷さん夫妻は作法に従って、茅の輪くぐりをしていた。
二の鳥居を過ぎて、神社に隣接した館山野鳥の森公園の駐車場へ戻った。
                *
 公園入り口の「ふれあい野鳥館」に立ち寄ってみた。
女性スタッフに持参した「館山野鳥の森」のパンフレットを見せながら「夏の館山で見られる野鳥の種類」を訊ねた。彼女は「詳しいスタッフがいるので」と専門スタッフを紹介してくれた。
 スタッフはここには22.4 h の緑濃い常緑広葉樹の森があり、特別鳥獣保護区に指定されていると言う。夏にはサシバやホトトギスなどの渡り鳥がこの森で観察でき、1年間を通して見られる野鳥のバードウォッチングもできると説明してくれた。
しかもわざわざ館山野鳥の森で見られる野鳥たちのカラー写真付きの専門資料を3枚もプリントしてくれた。
県立の博物館の学芸員にこのような厚遇を受けたことはなかった。
 感謝を込めて、生産者 家城 勇氏 日本みつばち 150グラムを購入した。
野鳥や植物を自然に近い状態で再現したジオラマ展示コーナーを見学した。
朝風呂でツピィツピィ、キョッキョ、キョキョキョキョの囀りはシジュウカラとホトトギスであることが分かった。
 「ふれあい野鳥館」は胸に刻んだ素晴らしい出会いであった。
 11:20 洲宮にある釈迦涅槃佛で有名な満徳寺へ向かった。




[134] 居酒屋ブルース 583  トスラブ館山 ルアーナの朝食

投稿者: 塾長 投稿日:2017年 7月18日(火)08時42分20秒 softbank126077118192.bbtec.net  通報   返信・引用

  6.27  7:00 目覚めた。ガラス戸を少し開けて、空気を入れ替えた。
カラッとして爽快な空気が流れる。館山市洲宮の6月末の気候は湿気を感じない。
 テラスに出て、平砂浦海岸の海を観る。晴天のせいか昨日の蒼白の空と違い明るい白群青である。
ぽっかり浮かぶ白いわた雲の雄大さに心を奪われた。
 ウグイスのホーホケキョと囀る鳴き声が聞こえる。メジロであろうか、チーチェルチーチェル、チチルチチルと早口で囀っていた。
木の椅子に座って、一期一会の自然がくれた贅沢な時間を過ごした。
 7:30 鍋谷さんに「風呂にいこう」と電話した。洋子さんからは「風呂は済んだ」の答えであった。
タオル、バスタオルを持って、大浴場へ急いだ。大浴場は毎日男女交互に代わっていた。
温泉効果効能表が貼ってあって温泉の確認が出来た。
大浴場は私一人の貸し切り状態であった。こちらのほうが、露天風呂は私の好みであった。
 景色は海まで遮るものがないので、オーシャンビューの眺めは最高であった。
ウグイスとメジロの囀りを聴きながら朝風呂を楽しんだ。囀りは二羽ではなかった。
ツピィツピィ、キョッキョ、キョキョキョキョの鳴き声も混ざっていた。
野鳥の囀りにも癒され、温泉を満喫できた。
 頭を洗い、髭剃りをして、サッパリし、備え付けの化粧品を使わせてもらった。
フロントの女性スタッフに朝鳴いていた野鳥は何種類かを訊ねた。スタッフは野鳥には詳しくなかったが、「館山野鳥の森」のパンフレットをくれた。
「ふれあい野鳥館があるので、近いので訪ねてください」と教えてくれた。
地図を見ると安房神社の隣にあるので、鍋谷夫妻と相談してみたくなった。
 部屋に戻らず食堂スペースへ直行。昨夜と同じテーブル席が確保されていた。
昨夜地場野菜を教えてくれたスタッフにお礼を言った。
 ほどなく、鍋谷夫妻、カミさんが席に座った。朝食はバイキングであった。
地元の素材を使用しているので、選択によっては美味であろう。
地場の野菜は新鮮なサニーレタス、ブロッコリー、ニンジンで食欲を誘う。
ドレッシングが野菜すりおろしドレッシング、胡麻ドレッシング、ノンオイルドレッシング等6種類もあった。食材に合わせて野菜すりおろしドレッシングを変えて、バリエーションが楽しめた。
地産地消の野菜サラダは素晴らしかった。
焼魚は、アジとサバの干物を選択できるきめ細かいサービスに驚く。
焼き立てのサバを賞味できた。お粥、小鉢のひじき煮、みそ汁は丹色のふのりが美味かった。
高級ホテルの和風朝食の3000円クラスのクオリティーで大満足できた。
 食後、現役の鍋谷さんは部屋に戻り、仕事ムードに入った。私も部屋に戻り小休止した。
カミさんと洋子さんは土産品を物色しに行った。
 今回の旅行のきっかけは、鍋谷さんと顧客のコンサルテーション契約がスッポト契約にしたいと契約変更を事前に顧客の担当者が紹介者の私に伝えてきた。私は月間契約料をダウンしても顧問契約を続行したほうが
貴社のためになると担当者に強力にプレゼントした。担当者も理解してくれ、彼は頑張って、上司を説得してくれた。コンサルタント料はダウンしたが、顧問は続行になった。
 私のお節介に、鍋谷さんが義理を感じての接待旅行の申し出であった。
私はかなり迷ったが、今日の昼食を私が持つ条件で調整でき、この旅行が実現した。
7月の丑の日が近づくので、うなぎの新松か館山一番の茂八寿司を吟味して選んでいた。
 10:00 フロントで鍋谷さんが清算してくれた。私は心から感謝を述べた。
 カミさんはは朝獲れのトウモロコシ一本150円を残り6本を全部購入した。
 今日の予定に安房神社と「館山野鳥の森」、満徳寺の釈迦涅槃佛をお願いした。
鍋谷さんは長柄町にある長期滞在ホテルのスワンレイク長柄を案内することに決まった。
 感激した「トスラブ館山 ルアーナ」を後にした。



[133] 居酒屋ブルース582 トスラブ館山 ルアーナ

投稿者: 塾長 投稿日:2017年 7月13日(木)12時41分15秒 softbank126077118192.bbtec.net  通報   返信・引用

6.26   13:30  鍋谷夫妻が拙宅に迎えに来てくれた。新車トヨタの6人乗りシエンタの柿色の車体が眩しかった。奥さんの洋子さんも珊瑚色の御召し物が若々しい。
首都高速道路から富津館山道路を利用して、館山市に向かう。新車の快適なドライブであったが、富浦I・Cまで海が見えない高速道路であった。
 127号線を南下すると右手に館山市役所があり、その先が館山湾で、北条桟橋も健在であろう。
館山市は思い出の多い街でこの街を選んでくれたのは感謝である。
               *
 小学校の4年、5年の二年間の夏休みに、避暑地館山に一週間ぐらい滞在した。
従姉が嫁いだ親戚が招待してくれた。
 竹芝桟橋から東海汽船の房総航路で館山港の全長百メートルの北条桟橋への初めての航海であった。
親戚の大学生は帆走ヨット に乗せてくれた。鯛の浦、清澄寺を観光し、シャリが大きい寿司をご馳走してくれた。夢ごこちの夏であった。
 29歳の時、千葉USACの営業部長を兼務しながら千葉県のFACOM営業をして、館山市役所の担当になった。電算室の永井さん、和田さんにお世話になった。
 30歳の夏、お二人の紹介で館山に宿を取り、夜は花火大会を観て、昼間は洲埼灯台近くの波左間海水浴場で長男に赤いふんどしを締めて3日間過ごした。透明で澄んだ海は鮮烈であった。
 和田さんには、1973年の有馬記念でハイセイコーが一番人気で負けて3着になり、優勝馬はストロングエイト、2着はニットウチドリで万馬券になった。
その馬券をビギナーズラックで的中した和田さんは渚通りにあったキャバレー「ナイトアンドデイ」で私に振る舞ってくれた。永井さんは市役所の助役の要職につき、上京の折、何度か食事をした。
この頃私をフォローしてくれたのが、塾員の小林さんで、東金市、銚子市が受注できた。
 61歳パソコン営業部で国分にある「株式会社もちづき」さんを担当し、望月社長には一緒にいちご狩りをしたり、茂八寿司 、うなぎの新松でご馳走になった。
望月社長と関係深い土屋さんは私のウチダ退職パーテイにも来てもらった。
房州館山の人は温厚で人柄が素晴らしい。まさに一期一会であった。
               *
 16:00 館山市洲宮にある「トスラブ館山 ルアーナ」到着。
三日月の曲線を描く個性的なフォルムに圧倒される。
関東ITソフトウェア健康保険組合が運営する保養施設とは思えない近代的高級リゾートホテルであった。
鍋谷さん曰く、2015年12月にオープンしたばかりで人気があって、なかなか予約が難しかったらしい。
 ロビーは全面ぶち抜きのガラス張り窓で開放感あふれていた。
フロントの女性に洲埼灯台の方向を尋ねた。右方向で左側が布良漁港と教えてくれた。
しかも、明日昼食予定のうなぎの新松への地図をプリントしてくれた。
高台に建っているため西側に平砂浦海岸の海が見える。
 蒼白の空に白い雲が流れていた。コーヒーが無料で飲める自販機がある。
コーヒーを飲みながら、オーシャンビューを観る。緑の森も多く、南国らしくフェニックスやソテツもあった。眼下はさざなみ小学校の運動場で生徒がサッカーを楽しんでいた。
鍋谷さんが和室の布団か洋室のベットかを選んでくれと言う。ベットの部屋を選ばせてもらった。
客室は2階で、右奥が私達の二部屋であった。17:20に風呂に行くことを約束して、部屋で小休止した。
 部屋はオーシャンビューで広くて新しくピカピカ。白壁を利用した間接照明が柔らかくて快適。
テラススペースにでることも可能で特注の家具が木工がセンスがあった。
作務衣風の部屋着とバスタオル、アメニティも気が利いていた。
ANA ホリデイ・イン リゾート 宮崎と比べても負けてなかった。
大浴場は大ではなく中ぐらいの広さであった。温泉かどうかは分からないが露天風呂は良かった。
暖かいお風呂と冷たい風が心地よく、日々の疲れが癒された。
 18:05 左翼側の食堂スペースへ直行。ほどなく、鍋谷夫妻、カミさんが席に座った。ビールで乾杯する。青水無月潮騒コースの御献立は以下のとうりである。
 彩り野菜盛り合せ 先付三題
○赤海老バジル風味  ズッキーニ、若布、ラデッシュ
○季節野菜と帆立のゼリー寄せ  アスパラ、ヤングコーン、ニンジン、パブリカ、椎茸
○鮎唐揚 新玉ねぎ、レモン、イタリアンパセリ
 このトスラブの料理長 藤田修は達人であった。館山は魚ばかりでなく、野菜も宝庫であった。
彩り野菜はミニトマト、マイクロトマトの赤、イエローミミは、レモンイエローの実が目に鮮やかな、黄色いトマト。さらにミニトマトの橙色、緑に驚く。
ズッキーニはグリーントスカの細長い形の緑、オーラムの細長い形の黄、ゴールディーの黄色でヘタに近い部分が緑色、アラジンは円盤形の薄緑色であった。ズッキーニも色がいろいろあることを知った。
 外皮と共に中の果肉も赤いタイプの紅くるり、外皮は普通の大根の様に青から白なのに果肉が赤いタイプの青皮紅心、外皮が赤く中身は白いタイプのレディーサラダとダイコンも色鮮やかであった。
 葉柄の断面にレンコンのような小さな穴があることからハスイモも供された。ハスイモはイモの部分は食べられないで、葉柄(ズイキ)を食べた。これらの野菜の彩りが目立つ皿に盛られていた。
これらの野菜名は男性スタッフが私に教えてくれ、勉強になった。
 吸物 清汁仕立 桜海老真丈がでて、 ビールから地酒純米酒岩の井450円にかえる。
造りはスズキ、キンメ、アジで新鮮。凌ぎは あさり飯玉蒸し、 玉蒸しとは魚を塩で締めて、その中におからを詰めて蒸したモノらしい。これに鼈甲餡(出汁を調味して葛粉で作る餡)が付く。
 焼物 福子(一年魚の30センチ前後までをセイゴ(清子)、2~3年魚50~60 センチをフッコ(福子)、それ以上をスズキ)焼。旬であるので、美味い。
 強肴 豚肉黒酢餡掛け ズッキーニ カリフラワー 人参
 酢の物 新水雲(シンモズク) 蛸湯霜 胡瓜 枸杞の実
 食事 新潟産コシヒカリ 香の物 芽株汁
 水菓子 盛り合せ ピーナッツムース
                               以上
 吉兆のような凄い献立で、料理長 藤田修の入魂の料理であった。
保養施設の料理ではなかった。スタッフサービスも素晴らしかった。
この後、20:00 カラオケルームに行く。DAMの精密採点DXを導入していた。
トップ洋子さん85点、2位鍋谷さん82点 カミさん 80点 私は宗右衛門町ブルースでやっと70点を獲得した。
 21:30 部屋に戻った。 素晴らしい時間を共有でき、眠りに入った。



[132] 居酒屋ブルース581 佐藤商事の第94期定期株主総会

投稿者: 塾長 投稿日:2017年 7月11日(火)10時59分47秒 softbank126077118192.bbtec.net  通報   返信・引用

  6.23  昨日は朝から恐怖におののいていた。
夜中の0:30まで「スナック 琴」で深酒したため、体が異常で動けなかった。しかも頭も痛い。
ついに、CKDが悪化して、腎臓がその役割を果たせなくなったと思った。
私の友人の大野さんが腎不全になったときが、そうゆう状態だったからだ。
腎不全になると食事の内容や水分などを制限が厳しくなる。さらに腎臓の働きが低下すると腎臓の働きを代替する透析に突入し、日常生活に大きな影響を与えることになる。
 CKDは根本的な治療法がなく、食事療法で対応する。
これが難しく、10日間ぐらいは粗食に我慢出来ても、禁を犯して、どうしても美味しいものを食べてしまう。
だから私の場合は、腎臓の機能がゆっくりと果たせなくなり「腎不全」へと進んでいく。
 腎不全だったらどうしよう、透析になったらとわなない(戦慄い)た。
透析療法は腎臓の代わりに、週に2~3回、1回4~5時間かけて、人工的に身体の外に血液を取り出し、血液中の老廃物や余分な水分を取り除いたあと再び体内に戻すという。
透析するため、体から血液を出し入れする出入口(ブラッドアクセス)の手術が必要。
合併症の心配をして一時間以上ベッドで 戦々恐々であった。
 一時間半経過すると、トイレが限界にきた。這って何とかトイレに行けた。
カミさんに事情を話して、錦糸町駅への送迎は無理を伝えた。
水を飲んで2時間半、眠った。またトイレに行き、2時間ぐらい微睡む。
 14:40 少しずつ動けるようになった。
パソコンを開き株のチェックしたが、静観しただけであった。
村田から「明日の総会は来るのだろう」の電話がくる。村田代表取締役会長の定期株主総会は毎年出席しているので、「このところ、体調不安定も必ず出席する」と答えた。
 またベッドに戻り、3時間ぐらい寝た。カミさんがアルバイトから戻り、夕食が出来たという。
頭痛は治ったが、動きは鈍く、食欲はなかった。
 薬を飲まなければならないので、食事がとれないときや消化・吸収力が弱っているときに用いる総合栄養剤エネーボとヨーグルトを食べて、薬を飲んだら。
 早く寝て、定期株主総会出席の体力の回復に努めた。
               *
 深情けで2回起きて、トイレに行ったが、膝下が重く、痛みが残っていた。
膝下の痛みは様々な病気によって生じるらしい。特に脳や腎臓に問題があるとき、起こるという。
至急病院に行って調べてもらわねばならないと判断して、病院の予約をした。
カミさんは本日もアルバイトであったが車での送迎はできなかった。
ケロックと牛乳の簡単な食事で佐藤商事の第94期定期株主総会の会場、鉄鋼会館へタクシー向かう。
 10:00に到着、受付番号は72であった。北沢君、鍋谷さんが先着していた。
定時株主総会は、当期事業年度の 決算報告・承認、事業報告の内容の報告、剰余金の配当、取締役2名選任等が主要な議題であった。
 村田が議長になって、14年目であるが、年々株主参加が増えてきていた。今回は80人近いさんかであろう。村田は今年も見事な議長であった。分かり易い報告と、応答で株主を大切にしているのが理解できる。
 中国、アジア新興国の経済鈍化で売上高は1800億円弱と3.9%減少したが、経常利益は32億円弱で5億円と増えていた。
 いすゞ自動車、日野自動車、りそな銀行等の配当金の増加であろうか。受取配当金収入が339百万円に驚く。
第1号議案剰余金の配当が増額になり一株30円の年間配当になり、株主は大喜びであった。
 経営責任を問う怒号飛び交う東芝やフジテレビと違いシャンシャンで35分で終了した。
懇親会で村田に挨拶し、総会の上首尾を祝った。ライフ営業部門総括、日本洋食器の社長の小野上席執行役員と喋って、チョイスカタログを土産にもらって総会を後にした。
 11:15 鍋谷さん、北沢と別れ、鳥徳へ行く。
 そこには佐藤商事のOB、元専務のKさん、元統括部長のAさん達が食事をしていた。
元気いっぱいのAさんが、「村田会長は一緒でないの」と声をかけてくれた。
 「会長は株主を接待していますよ」と答えた。「9月は村田会長と伊豆高原へ旅行するそうですね」と話をつづけた。ちょっと驚いたが、「そうですよ」と答えて離れたテーブル席に座った。
 私はB弁当1050円を注文すると、スタッフは「ハイボールは飲まないの」と訊ねた。
迷ったがハイボールも注文した。
サービスの食べ放題の白菜の香物を摘みに角ハイボール飲む。体調不安定のせいか、苦くて美味くない。
OBの3人はそれぞれが勘定を払って、別れの挨拶して、店を出ていった。
 B弁当も供された。鶏肉の鮮度は折り紙つきの焼き鳥3種類(もつ、つくね、ひな)とチキンカツ、だし巻き卵焼がおかずで、炊きたてご飯が2段重になっている。
 二段目にはご飯がぎっしり詰まっていて、熱々で米が立って食欲を誘う。
まずはその御飯を咀嚼しながら、ハイボールを飲む。ご飯の美味さは感じた。
酒は半分以上残したが、昨日と今朝は満足の食事をしてないので、弁当はほぼ完食した。
美味いご飯で少し元気になったようだ。
 茅場町で都バスに乗り、錦糸町駅からタクシーで自宅に戻った。



[130] 居酒屋ブルース580 小倉さんの収支報告書と快気祝い

投稿者: 塾長 投稿日:2017年 7月 7日(金)04時40分42秒 softbank126077118192.bbtec.net  通報   返信・引用

先月の例会で皆が心配している阿久津さんの状況をフエイスブックから取り出しましたのでご覧下さい。
例の最重点の居酒屋の運営ばかりでなく、他にもいろいろと交友が広く活動しているようですが、内容はかなり飛躍しているようで心配です・・・・・・メールが山本君からメールが入った。
私もそのFacebookを見たが、彼は才能があり過ぎで、どこに向かうか自分でも迷っているように感じた。
その阿久津君と仲が良かった、小倉さんが元気になって、玉ノ井塾に復帰した。
心配した玉ノ井塾の平成28年度収支報告書作成され、松本先生の会計監査の結果、報告書どうり適正に処理されと小倉さんから報告があった。
                                          *
6.21 曇 小倉さんはまだ足が悪いので、福田君とともに拙宅に集合し、カミさんの運転で例会会場の江東文化センターへ行く。
 18:00 例会が開始した。小林、山本、高木(新)、鈴木、白崎、福田、北沢、野村、松本(敬称略)の8名が参加メンバー。
 小倉さんの平成28年度収支報告書が発表され、赤字34,788円を報告した。
玉ノ井塾の柱石であった松島先生のご逝去による玉ノ井思潮接50部の未回収、及び有志によるお別れ会へのさらなる玉ノ井思潮50冊の追加謹呈、お別れ会に飾る松島先生のスナップ写真代、2回の弔電費用、思潮の配送料と阿久津君の塾費未納、思潮購入代5000円未回収、編集用ワードソフト購入代3万円支払いが大きく影響していた。私の長い塾長期間でも大変化の一年であった。
会計監事の松本先生から監査の結果、適正処理され、報告通り相違ありませんと話してくれた。
塾員全員の承認をえた。小倉さんの半年ぶり出席が何より嬉しかった。
                *
 福田君の講演「江戸時代の交通網」が始まった。交通の整備と発達はカラーコピーの資料で金をかけてくれた。参考資料の揺れ動く大地 地震と火山活動は地震保険屋のカラーの資料であった。
福田君の優しい人柄の丁寧で、分かり易い講演であった。塾員の質問には他の塾員が応援解答して、和気あいあいとした一時間の講演であった。
 例会が終わり、7.19の例会での山本君の希望のプロジェクターの手配と10.18の会場エントリーの抽選受付けをした。決まれば、一週間以内に金を持参しなくてはならないので一苦労である。
               *
19:20 全員で男鹿半島へ行く。私の持参した酒はジョニ黒、赤ワインで4000円相当である。
講師の福田君の「小倉君退院おめでとう」の発声で始まる。私と鈴木君はビールにジョニ黒を入れる。
鈴木君に教えてもらって癖になってきた。
 元気いっぱいの30代後半の女性スタッフは入店して、一ケ月なのに機敏に動き回り、この店は益々サービスが良くなった。
定番の田舎煮とジュンサイの小鉢。自慢の焼魚は鮮やかなオレンジ色の魚体が特徴の津軽海峡メバル。引き締まった身には心地よい弾力があり、味わいは淡白で上品。この店の津軽海峡メバルはブランド魚で脂がのって絶品であった。私は焼酎のお湯割りにかえる。
 続いて、岩ガキがでる。秋田の男鹿半島産であろう。ジュンサイが乗って、佳肴。
赤ワインは小倉さんも飲んでいた。「日本酒、いこう」と言うと、「日本酒を飲むと、足が浮腫むので止めている」と言う。あれだけ日本酒を呷った小倉さんがである。
 刺盛りはスッコランドの黒マグロ、新鮮なカンパチ、水ダコ、ツブ貝、ボタンエビ供された。
豪勢な刺し盛であった。小倉さんは美味そうに、摘んでいた。
 箸休めのイブリガッコ、赤カブのお新香盛がでる。ジョニ黒の水割りが何人かがお代わりしてくれる。
〆は冷たい稲庭うどんである。
会計は一人5500円であった。持参した酒はジョニ黒、赤ワインで4000円は領収書を小倉さんに渡して、回収させていただいた。
                *
 お開きの後、北沢君、福田君、私で小倉さんの快気祝いのため、亀戸の「スナック 琴」行く。
この店はこのメンバーで通ったスナック桜が閉店し、小倉さんが贔屓の美人中国女給のJさんが移った店である。
カミさんの土産とした田舎煮、海峡メバルの焼魚、赤カブとイブリガッコをJさんに提供した。
Jさん田舎煮、赤カブとイブリガッコを私たちテーブルのオードブルにした。店はカウンターに一人、テーブル席に一人と50代の客で、もう一人のホステスもかってスナック桜にいた。
小倉さんが贔屓の美人中国女給のJさんの土産にした。
ここでも、小倉さんはJさんに半年の再会で大歓迎であった。この店のウイスキーはトリスで、何十年ぶりであろうか。水割りを飲むと青春時代へタイムスリップする。
Jさん、手作りの餃子を焼いてくれた。香料はきついが、インパクトがあって美味い。
福田君は赤城の子守歌をアンコールで2回歌い、北沢君は得意の中国の歌を3曲も歌ってくれた。
小倉さんは持ち歌7曲を元気に歌って、大いに盛り上がった。
この4人で歌うのは、一昨年の函館のママさん?楽部以来であった。
 楽しい快気祝い祝いで会った。
 勘定一人5000円、チップ代1000円であった。



[129] 居酒屋ブルース579 鳥恵 でのUSAC OB会幹事会

投稿者: 塾長 投稿日:2017年 7月 6日(木)10時47分28秒 softbank126077118192.bbtec.net  通報   返信・引用

大谷さんから東海大学、伊勢原病院で、4月24日に入院し翌25日に手術、そして本日5月2日に無事に退院しました。明日の憲法記念日には、当自治会主催の田端地区戦没者慰霊祭の斉行に、早速、活動開始です・・・・と吉報メールが入り、幹事会の日程が調整できた。
それにしても、大谷自治会長は病後なのに責任感は立派である。
USAC OB幹事会が大谷さんの快気祝いもかねることになった。
今回の幹事会は天ぷら小野の二代目の勧めで、銀座にあるイタリア料理「山形サンダンデロ」 Do Sa Anna コース奥田政行オーナーシェフが海へ山へと走り回って集めた、山形を余すことなくご堪能いただけるコース(12皿程度) 13,000円(税込)でやる予定であった。
奥田政行の料理のモットーは、「ソースをなるべく使わない」こと。生命力にあふれた庄内の食材を、タイムリィーにお客様に供することでイタリアンに独自の工夫を生み出したシェフである。
それは庄内の海と父のみそ汁を原点として、相性の良い食材に手をかけず、素材と塩の美味しい関係を表現することであった。
魅力的な店であったが、CKDの治療中の私にとってはイタリア料理の美食は良くないのだ。
塩分制限で、一日10グラム、それに値段も高い感じがした。
 私の食歴で、イタリア料理の素晴らしさを教えてくれたシェフはノビロのオーナーだった。
この2年、那須に行ってないが、23年間、玉ノ井塾緑陰講座の打ち上げで、この店を貸切でコース料理を堪能した。緑陰講座が継続できたのはこの店のお蔭であった。
 5年前、玉ノ井塾有志を誘って、苦労して予約し、鶴岡市にある「アル・ケッチァーノ」に行った。
主菜は鱗と皮目をパリっと香ばしく焼かれた甘ダイ松笠焼(甘鯛を皮つきのまま焼いて表面のうろこを松ぼっくりに見立てた料理)とあさりとムール貝であった。た。
 その後、「アル・ケッチァーノ」は予約が取れないので、隣の「イル・ケッチァーノ」へ2回行き、ニンニク、松の実、粗塩、バジルの葉、パルメザンチーズをオリーブオイルとブレンドしてつくられるジェノベーゼソースのランチと特製デザートを満喫した。
 一度現地食べてみたいと思っていると、サンマルコ広場にあるCaffe Florianから北西の方向の路地裏(住所Campiello della Fenice, San Marco 2007) ANTICO MARTINIレストランで、イタリア料理を食べることができた。。
 1720年の創業で、芸術家や文化人の社交場として親しまれ、北野武も贔屓にした人気店である。
 色鮮やかな野菜サラダは大胆な盛り付けでドレッシングの味で鮮烈であった。ジェノベーゼパスタも美味かった。アカザエビを半割にして塩コショウをかけ、オリーブオイルで焼き上げた料理は絶品であった。
特にエビのみそは唸る旨さであった。 この食べ始めると止められない料理名は「Grilled scampis with mixedsalad」とメニュー に書いてあった。
こんな思い出があるので、「山形サンダンデロ」へは迷いに迷っていた。
 久田会長が私のCKDを考慮して、『鳥恵 上野広小路』に決めてくれた。
参加メンバーは久田会長、宮田さん、大谷さんと私であった。
「ごめん、皆の仲間になれないで、大谷君、生還おめでとう」と久田会長のブラックユーモアの発声で会議がスタート。やはり話題は退会した栗林さんであった。
 栗林さんはこの会の観光案内を自分から進んで、担当し、よく準備して名調子で会員を楽しませてくれた。
前回10周年記念総会では東京駅舎歴史見学コースを企画して、参加会員には絶賛され、本人も満足そうであった。急に、この会を退会した理由は分からなかった。
 私は次回の総会では、栗林さんの担当の観光案内を仰せつかった。
          *
  本日5500円コースは以下のとおり。
・茶碗蒸し(冷製。プチトマトがのっていた)・ささみ・さがり・サラダ・正肉・つくね・レバー
・摘まみ3品(レバーペースト、胡麻のムース、)・京鴨ねぎま
・鳥スープ・デザート
この店は地鶏にこだわり、大山鶏、淡海地鶏、名古屋コーチン、土佐ジローを使う。
大山鶏はせせり、皮、つくねで、せせりはしっかりした歯ごたえながらもホワっとした感じ、皮はプッリプリ感が先行して蕩ける。どれも焼き加減はレアーで特にレバーなどはほぼ生に近く表面を炙っただけで絶妙であった。女性スタッフが炭塩を薦めたが、初めてなので、躊躇した。
ミシュランガイドに掲載の店のせいだろうか、常に最新の塩に挑戦するのだろう。
 私には、この焼鳥に相性の良かった、新潟の村祐、秋田の山本等の渋めの地酒が激減したのが淋しかった。
NHKの大河ドラマ「直虎」の浜松だから、参加者は多いだろう予想した。
 今年の忘年会は温泉地でやろうと決まり、私が選ぶことになった。
 久しぶりの幹事会は盛り上がった。



[128] 居酒屋ブルース578 5月例会と男鹿半島の二次会

投稿者: 塾長 投稿日:2017年 7月 4日(火)13時16分53秒 softbank126077118192.bbtec.net  通報   返信・引用

   5.17  曇 17:10 松本先生から、携帯に電話が入った。「文化センターには会場は予約していません・・・・」であった。さすがに、責任者である私は焦った。
 何時もはダブルチェックで会場に確認するのであるが、体調不安定、宮崎旅行等で忘れてしまったようだ。
編集委員会の会議のため文化センターには17:20についていた。
 松本先生に協力してもらい、手分けして会場変更を塾員に連絡した。携帯を持たない、鈴木君を文化センター前で待った。彼は途中福田君と出会えて、会場変更が伝わったそうだ。
小林さんには留守電メッセージを残した。
 17:50 今日参加予定の塾員は、小林さんを除いて産業会館へ参集してもらえた。
北沢編集委員長、白崎副編集長、鈴木委員、松本委員と私で原稿の締め切りを7月末に延ばした。
 17:00 松本先生の講演「結核は今」が始まった。7分遅れで、小林さんも到着して、山本、高木(繁)、鈴木、白崎、福田、北沢、野村、松本(敬称略)の8名が揃った。
 結核-古くて新しい病気-として、今みなおされているようです。結核に感染しても必ず発病するわけではありません。健康であれば、菌を吸い込んだあと、人の体は免疫によって結核菌を抑え込んでしまいます。
その人の体力が低下したり、他の病気になって免疫機能が働かなくなるなどして抵抗力がおちると、抑え込まれていた結核菌が再び活動をはじめ、発病する可能性があります。・・・・と分かり易く話してくれた。
CKDで治療中の私には大変参考になった。
 19:20 全員で男鹿半島へ。松本先生の乾杯の音頭でスタート。
白崎君はノンアルコールビールで付き合ってくれた。私が持ち込んだ酒はジョニ黒、那須野ヶ原のほぼ中心地の大田原にある鳳鸞酒造の 「那須の原ワイン・スペリュール 赤ワイン」である。原料葡萄の果皮と種子も果汁と一緒に醗酵させたワインである。深みのある色合いと豊かな香り、 渋みのある複雑な味わいで人気があるそうだ。ここ那須野ヶ原は明治期に葡萄栽培やワイン醸造が行われ、 そのワインは国内はもとよりロシアまで輸出されているという。本日は高木(新)君は来なかったが、山本君、白崎君には飲んでもらいたいと思っていた。
最近は健康志向か、福田君、北沢君も飲むようになってきた。飲んだ塾員は美味いワインと褒めてくれた。
持参し甲斐があった。私と鈴木君はビールのジョニ黒割りを楽しんだ。
元気いっぱいの30代後半の女性スタッフが入店して、この店は益々サービスが良くなった。
定番の田舎煮と畑のキャビアのとんぶりの小鉢。トンブリは飢饉に瀕した出羽国の米代川流域(秋田県比内地方)に暮らす農民がその果実をなんとか工夫して食べることに迫られ、加工したのが始まりである。
これが当地域の特産物として定着した。直径1~2㎜の小さな緑色の実である。
食感はプチプチして、あっさりしたとびっこのような感じで、クセがなく淡白な味わいである。
すりおろした長芋や納豆などと和えものにして食べられる。この店は紫蘇の実と混ぜるので、立派な酒肴である。焼魚は先月に引き続き深海に棲むサメガレイであった。白濁した身にはたっぷり脂があり、トロっとして食感がいい 。スゴいゴツゴツ顔で表(有眼側)の皮が、ゴツゴツとサメ肌なので、この名前が付き、塩焼きは絶品であった。私は焼酎のお湯割りに変えた。塾員は好みの酒を頼んでいた。
 刺盛りはスッコランドの黒マグロ、新鮮なカンパチ、水ダコ、ツブ貝に珍しくボタンエビとウニが供された。豪勢な刺し盛であった。エゾバフンウニであろう。身はオレンジ色で濃厚な味。甘みも強く美味い。
北海道が主な産地だが、ロシアや中国からの輸入も出回っているが、これは北海道産であろう。
 主役の山菜はシドケ、青コゴミ、ネマガリダケ、ワラビの4品であった。
白神の山菜は野趣いっぱいでパワーを頂いた。小林は内容豊富な料理に満足してくれたようだ。
会計は鈴木君にやってもらった。一人5500円であった。鈴木君はワイン、ジョニ黒代で6000円にしようと言ってくれたが4000円はとりあえず私が立て替えた。
このところ6名の例会であったので、久しぶりの8名の宴会は盛り上がった。
 帰りは福田君、高木(繁)と私の相乗りタクシーであった。



[127] 居酒屋ブルース577  男鹿半島の桜マスと山菜

投稿者: 塾長 投稿日:2017年 6月29日(木)13時34分53秒 softbank126077118192.bbtec.net  通報   返信・引用

  5.13 一昨日 亀戸天神に藤の花を見に行った。ほとんどが枯れて,匂いもなかった。
ゴールデンウイーク中、境内は人で溢れ、とても藤を見に行く気分ではなかった。
ジムのJEXERへは、蔵前通りが参拝客で大混雑なので、裏道の香取神社からの道を選択した。
 この日、私は76才になった。「一睡の夢の間なれや」で齢をとってしまった。老化が進み、体力の衰えも激しく、気力は減退していた。自分の持ち時間がいよいよ少なくなってきているのが分かる。
それなら、持ち時間が少なくなったと分かったときに、どうしたらいいのであろうか・・・。
少ない時間を大切に使っていこうぐらいしか思い浮かばない。
 CKDで透析に頼る、大病で手術などはご免である。だが自分の想いどうりにならないのが人生である。
               *
 カミさんが食事に行こうと誘ってくれた。
どこに行くのかと聞くと、男鹿半島で山菜料理を食べたいと言う。
 18:00の予約をした。カミさんの姉さんの連れ合いが作った作品(ベラボー凧とえびす様)を土産にタクシーを走らせた。
 男鹿半島へ土曜日に行くことは、めったにない。空いてると思っていたが、テーブル席は満席で、カウンターに用意されていた。
 生ビールで誕生祝いをした。
桜マスの焼物が供された。鮭の一生は川で生まれてから海に出て、オホーツク海からアラスカ湾にかけての太平洋北部の水温8℃くらいの海域で餌を食べて大きくなっていく。6年くらいかけて十分に成長すると、産卵のために故郷の川を目指して戻って一生を終える。
 ヤマメとサクラマスは同種である。冬の間にふ化した稚魚は1年間、河川で過ごす。成長のよかった雄は川に残り(河川残留型)、そのほかのものは海に下る(降海型)。河川残留型はヤマメと呼ばれ大きくならない。海に下ったサクラマスはサケほど大きな回遊はしないで、日本近海にとどまる。
 海でひと冬越した後、春の桜の時期に川に遡上し、秋に産卵する。桜の季節に出るから桜鱒と呼ばれる。
生態がここまで違い、海と川で呼び名が変わるのに、生物学上の分類は同じものというのも不思議である。
鮭と鱒の違いをチャケ米ちゃんが教えてくれた。高級魚で値段が高いが、唸る美味さであった。
「男鹿半島」の山菜料理は4月初のバッケ味噌を舐めて、山菜季節の到来を感じる。
4月の前半は新潟産の天然物を使い、後半にやっと白神のみずみずしい山菜が白神から届くそうだ。
まず塩を一つまみ入れて大鍋を沸騰させる。熱湯に山菜を根元から入れ、再度沸騰させる。
茹で過ぎると風味を損なう。茹でたら、素早く冷水にさらす。
こうして山菜特有の香り、歯ごたえ、うまみを味わえるのだ。
 今日の山菜はシドケ、アイコ、青コゴミ、ネマガリダケ、ワラビの5品であった。
シドケは山菜特有の香りとほろ苦さがあり、山好きの人たちの「採取自慢」になる貴重な山菜だ。
葉が開く前は傘のように垂れ、葉が開くとモミジの形からモミジガサとも言われている。
渓流沿いの斜面に生える。その下方の沢沿いにアイコが群生する。葉にトゲがあって触れると痛い。
この恐ろしいトゲも熱湯を通せば消えてしまい美味しくいただける。食べるともっちりと「あぶらっこさ」があり、この脂っこさが人気の変わった山菜である。
白神のブナ林を代表する山菜で、山菜の王様、女王様と尊称される山菜である。
ネマガリダケは雪の重量で折れ曲がっているために「根曲がり竹」と呼ばれている。凄い成長力を秘めており一夜で大きく成長する。
雪国のスタミナ源食材として、雪国の人々は多く食べ人ほど無病息災と言われている。
  焼酎のお湯割りで合わせた。
豪華な刺し盛りは中トロ、譜代の真ツブ、北海道の水ダコ、鹿児島のカンパチは新鮮で、いつもながら極上の刺身でカミさん大喜びであった。勘定も大サービスしてくれた。
 5月の男鹿半島は最高に心に残る料理を出してくれて、私の記念日になった。



[126] 居酒屋ブルース576 さらば天孫降臨の宮崎

投稿者: 塾長 投稿日:2017年 6月28日(水)02時19分5秒 softbank126077118192.bbtec.net  通報   返信・引用

  4.23 オシッコの深情けで夜中に一回起きたが、疲れていたせいか熟睡できた。
朝陽が差し込む眩しさで6:50に目覚めた。窓を5cmくらい開き、波の音を聞きながら、新鮮な海風を部屋に入れた。朝日はすでに昇ってしまったが、広がる海に南国らしいブルーのグラデーションが映えていた。
水平線から目を引いて、青島と日南海岸沿いのワシントニアパームが立ち並ぶ風景を心に刻んだ。
しばし、朝陽を浴びながら、デラックス両肘椅子に座って、窓からのオーシャンビューの景色を満喫した。
 7:10 村田と温泉大浴場へ行く。湯質がよく、トロトロで肌すべすべになったようだ。三日間の疲れをすこしは癒すことが出来た。村田は打たせ湯とサウナを気に入ったようだ。
 8:00 ツウペアは一階の メインキッチンダイニング「ラグーンテラス(別名メインダイニング レッドファエアリー)」へ行く。フロアに入ると白を基調にした吹き抜けの高い天井、右奥に見える庭芝と木々の緑がリゾートホテルらしい雰囲気を感じさせた。ここまではいい気分であるが、ラグーンテラスはアジア系の外国人観光客団体がイナゴの大群のごとく押し寄せて大混雑であった。機敏な美枝子さんが5分後何とか席を確保したが、とてもANAホテルグループとは思えない。
 このホテルは時間制で混雑を平準化する対策もなかった。
ブッフェ式のバイキングは地産地消の食材を使ったメニューであった。選択によっては美味であった。
昨夜、和食処 日向雫で蛋白質を食べ過ぎたので、アジの干物焼き、温泉卵は遠慮して、サラダ、ヨーグルト、コーンフロスティのケロックを選択した。ドリンクコーナーは常に列を作っていた。テルモスの魔法瓶にコーヒーを堂々とストックしているのだ。カミさんが、コーヒーは何とか確保してくた。
果物も食べたかったが鉛が入ったような両足で歩くのは厳しいので我慢した。
 団体客は大声で煩いので早めにテラスを退散して、隣の子供の国をちょっとだけ散策した。
 9:15 部屋に戻り、ベッドで休んだ。10:30カミさんがパッキングしてくれ、11:00 ロビーでチェックアウトレットの清算した。
              *
 ロビーの壁に貼られた日向の神々のポスターを村田は熱心に見つめ、メモを取っていた。
ポスターの内容は日向高千穂に降臨したアマデラスの子孫にニニギノミコト(天孫降臨伝説の神様)があり、コノハナノサクヤヒメと結婚して、その子であるヒコホホデミノミコト(山幸)、孫にあたるウガヤフキアエズノミコト(神武天皇の父)の日向に住んだ三代の神々(日向三代)の系図が漫画チックにご尊顔で書かれていた。
 村田はやや興奮気味に、私達三人に古事記の話を易しく説明してくれた。
この国の歴史は世界がまだ未完成で、神様すらいなかったところから始まる。
現在の日本は『神様の住む天界(高天原)』『人間の住む地上(葦原の中つ国)』『死者の住む冥界』の三層に分かれているらしいが、その頃はまだ混沌として、カオス状態の世界がどこまでもどこまでも広がっているだけだった。それから長い時間が経ったある日、ふいに天と地が分かれた。
すると、どこからともなく高天原に一人の神様が、生まれてきた。
 彼の名前は、 天御中主神(アメノミナカヌシノカミ)で、この神をはじめとする五柱の神が生まれた。
これらの神々は国土創生の基礎固めをしたため、「別天津神(コトアマツカミ)呼ばれる特別な神様として敬わられている。別天津神の次に生まれたのが、独身の二神。さらに夫婦の神がペアで十柱が生まれこれら神々がおおよその高天原(たかまがはら)の形を作り上げた。
 しかし完全な形でなかったので、さらに完成の形にするようにと別天津神たち一同がイザナギとイザナミに命じられた。この二神は、日本の島々の神様を生み、国造りを終えた。さらに山や川、海の神、樹木や岩の神、五穀の神などを次々と生んでいった。最後に火の神を生んだため、イザナミは焼かれて死んでしまった。
 イザナギは黄泉の国を訪ね、戸口(黄泉の境界)の向こうにいたイザナミにもう一度、生き返って一緒に国造りをしたいと懇願した。イザナミは黄泉の国の神に頼んでみるから、その間決して中を覗かないようにと厳命した。イザナギは約束を破り、変わり果てたイザナミ姿に仰天して、逃げ出した。
怒り狂ったイザナミは猛然と追いかけた。やっとのことで、イザナギは逃げ切り日向についた。
黄泉の国から帰ってきて禊をしたら、たくさんの神様が生まれてきた。
最後に生まれた三柱が、あの有名なアマテラス、ツクヨミ、スサノオである。
物語はスサノオの乱暴狼藉で、アマデラスは天岩戸にお隠れになる。世の中は真っ暗になり、八百万の神がアメノウズメノミコトの踊りでアマデラス引き出し、スサノオは高天原から追放された。
八岐大蛇の大蛇を退治し、クシナダヒメと結婚して多くの神を生んでいく。
 六代目がオオクニヌシノカミで葦原の中つ国の王になった。
 だが高天原のアマテラスから国を差し出すよう命じられ、従うこととなった。
アマデラスの孫(天孫)ニニギノミコトが地上へ降りようとした時、途中に怪しい神が道を塞ぐ報告が入る。アマデラスはアメノウズメノミコトに「怪しい神の正体を確かめてきなさい」と命じました。アメノウズメは言われたとおりにその神のところへ行き、「この道はこれからニニギノミコトがお通りになられます。その前に立ちはだかるとは、そなたはいったい何者か」すると、その神は「私は地上のサルタヒコと申します。ニニギノミコトが天から降りられると聞いたので、ご案内しようと思い、ここでお待ちしておりました」と答えました。サルタヒコの案内で、堂々と降りて行きました。
葦原の中つ国を支配する時代がいよいよ始まりました・・・・・・と分かりやすく説明してくれた。。
「ぜひ、天城会で神話の講演してくれ」とお願いした。検討してみると即答はもらえなかったが、脈は感じた。
                 *
 11:20 タクシーで宮崎空港(愛称は 宮崎ブーゲンビリア空港)へ戻った。
11:50 空港にあるANA FESTA、日向屋(ひむかや)を冷やかし、宮崎観光ホテルの料亭 山吹の料理長が作った原料を宮崎産にこだわった人気のゆずこしょう100グラム648円を2袋購入した。
「これは宮崎県須木産の香り豊かな柚子、小林産の唐辛子、日向産のミネラル豊富な塩を使って人気ですよ」と売子に勧められたからだ。
 村田は書籍屋で天照大神の孫、ニニギノミコトが高天原より地上に降った天孫降臨の神話の本を購入した。読書家なので、もっと深く日向の神々の勉強したいのだろうと天城会の講演が期待できた。
 12:30 レストラン コスモスで飛行機や滑走路を眺めながら、食事をした。
私は南蛮カレー950円、村田はちゃんぽん850円、美枝子さんとカミさん皿うどん850円を食べた。
合計3500円ささやかであるが、私が払わせてもらった。
 JAL694便 宮崎空港 を14:05 に飛び立ち、空路恙なく、羽田空港 15:40 に着いた。
 日本交通のハイヤーで迎えに来てくれた。運転手さんにも宮崎の土産を渡していた。村田らしい優しい気配りであった。
 村田夫妻はわざわざ遠回りして拙宅まで送ってくれた。
美枝子さんとカミさんは神社巡りをして、御朱印を頂くのがはライフワークになるような予感がしてきた。
 私も村田のお蔭でおぼろげながら天孫降臨のブルースが書けた。
 旅情いっぱいの天孫降臨の宮崎の旅であった。



[125] 居酒屋ブルース575 和食処 旬魚 日向雫

投稿者: 塾長 投稿日:2017年 6月25日(日)16時55分18秒 softbank126077118192.bbtec.net  通報   返信・引用

潮風に当たりながら、露天風呂で疲れた体を癒した。
18:15和食処 旬魚 日向雫(ひむかしずく)へ行く。
再訪のせいか、藤井マネージャーがニコニコの笑顔で愛想良く迎えてくれた。「個室は掘りごたつでなく、テーブル席になります」と済まなそうに言って案内してくれた。確かに、部屋は狭いし、オーシャンビューを眺められなかった。
ツウペアは氷点下のエクストラコールドを頼んだ。マネージャーは隣にあるメインバー「リップル」の責任者を兼務しているので、素早く対応してくれた。そのビールで乾杯した。風呂上がりのビールは最高であった。 やっと抗生薬が効いたせいか、風邪は回復に向かってきた。喉と舌の痛みは軽減してきた。
酒を飲むとCKDのせいで、顔色はどす黒なっていたらしい。それが正常に戻りつつあるとカミさんが元気ズケてくれた。
 村田夫妻は今回の旅は良かったと喜んでくれた。
私は旅情いっぱいの旅ができたのは、村田夫妻のお蔭と感謝を述べた。美枝子さんがレンターを運転してくれたので高千穂峡まで行けたのである。しかも、これもCKDが原因か、鉛が入ったような両足で歩くのは苦しかった。村田の気配りのサポートがあって、頑張れたからだ。
               *
 御品書きは一昨日と同じであった。先付 ヒラマサ、カマス、ニベのカルパッチョ。カマスの味が良かった。カマスは関東では晩春から8月はじめ抱卵して、産卵後はやせる。秋にまた脂がもどるので、旬は秋と言われている。日向灘のカマスは産卵直前で脂がのっているのであろう。
 造里はマグロ、サワラ、ブリ、タイ、赤エビであった。クロマグロの幼魚のメジが上品な脂で美味い。
宮崎県は沿岸まぐろ延縄漁業の漁獲量は全国一である。そのなかで板長が厳選したメジだから美味くて当然である。
 かつて「マグロ漁」が盛んで知られた日南市にある油津港は、今は「大型観光船」の港とになっているようだ。南郷町はマンゴー町になって、鵜戸神宮、飫肥がある日南市は活性している。
今回の観光バスが利用できなかったら、ここを走る観光特急「海幸山幸」を活用する予定だった。
 古い歴史的な建物が街中に残る油津は魚介料理の名店が多く、いつか行ってみたい町である。
今日のメジは高鍋町の側の川南漁港産という。川南漁港は9割が沿岸まぐろ延縄漁業だそうだ。
延縄漁とは漁船より1,000mから3,000mにわたる幹縄を流し、その下に100本から500本の針を吊るし、活けイカ等の餌を付けて漁獲する漁法である。大間漁港は伝統的に小船による1本釣り漁がさかんであるが、ほとんどの漁港は大型の最新設備搭載の延縄漁船による漁獲になってきている。
 鯛もよかった。サワラ、ブリ、赤エビは蛋白質制限のためカットした。
ブラックニッカの氷点下ハイボール(670円)に変えた。
 椀物はタコを小豆と一緒に煮た綺麗な桜色になる桜煮。柔らかく美味。
焼物はタチウオの鶯焼と宮崎牛のステーキの二品がでた。「宮崎牛のステーキは硬くて、期待外れであった」と一昨日にこぼして、一切れだけ摘んだだけだった。
美枝子さんはそのボヤキを覚えていたのか、オプションで宮崎牛ステーキ(5800円)をでリクエストしてくれた。太っ腹の美枝子さんの奢りである。6切れであったが、村田は「俺は食べないから」と言って、私に2切れ、カミさんは一切れ、ご馳走になった。熱々でとろける美味さであった。
御品書きの宮崎牛はランクは下がる素材であるが、作り置きした肉と推察した。
 稚鯛(カスゴ)はその年の春に誕生した鯛で食べられる大きさににまで育つのは1年後である。
鯛が成魚になるのは3~4年かかる。稚鯛の天ぷらは珍品であった。
若狭小浜に伝わる珍味の小鯛寿しは、レンコ鯛(別名 黄鯛)とよ ばれる7センチほどの小鯛を3枚におろし、塩と酢に漬けこんだものに笹の葉を添えて、 小さな杉の樽に詰めた日持ちがする寿司である。
小浜で泊った時食べて、美味かったので、京都駅で駅弁として購入する好物である。
1年で11cm、3年で21cm、4年で24cm前後に成長する。9年で32cmの個体もある。寿命は10年以上、35cmの大きさのものもいる。雌雄同体期をへて、雌は雄に性転換する。
 酢物は初鰹焼切りが供された。「焼っきり」は皮の面だけをさっと炙って、そのまま食べる。新鮮なので美味かった。氷水でしめたほうがより美味いように思えた。
 漫画家 青柳 裕介(1944年-2001年)が1970年代のビックコミックスに連載した「土佐の一本釣り」を愛読でしていた。そのせいか、カツオの一本釣りは土佐が一番と思っていた。ところが春カツオ一本釣りの漁獲量は全国一は宮崎県で、全国の一本釣り漁船の半数が宮崎県の漁船とマネジャーに教えられた。
 この十数年美味いカツオを食べていない。それは美味いカツオに出会ってないからだ。
43才から48才の6年間、毎年5月に、静岡ユーザックの石橋社長から舞阪のもちカツオをご馳走になった。
このもちカツオは感激の味であった。
 舞阪での漁法は十本ほどの針をつけた縄を両翼の竿や船尾に仕掛け、カツオがかかるのを待つ引縄釣漁。
舞阪で味わえるもちガツオの作り方の特徴はその〆方にもある。カツオがかかると引揚げて頭をたたき、いったん桶で血抜きした後、氷水に漬けて持ち帰る。こうして臭みの無いモチの様な弾力のあるカツオが港に揚がる。そのカツオは脂はすくなくても旨みはたっぷりあり、お腹側の皮が薄くやわらかいので銀皮造りは絶品であった。鮨処 山野の銚子の春カツオも良かった。たたきを握りし、浅葱とオリーブ油で炒めたニンニクのスライスをのせた握りは色鮮やかで心に沁みる美味さであった。このカツオの握りを摘みたくて、5月は何回も山野に通ったのだ。その山野も店をたたんで7年が過ぎた。
 御飯は十六穀米に香物とみそ汁で〆た。
 20:00 藤井マネジャーの案内でカラオケルーム「ギャラクシー」へ行った。一時間程楽しんだ。
お1人様1時間 500円であった。
 21:15 一階のショップ「 Zaboonすとあ~ 」を冷やかした。この時間でも観光客で混んでいた。
土産品もあったが、夜食用にカップ麺も売っていた。
股が重く、足元ともふらついてきたので、一人部屋に戻った。
 バタンキューで眠りに入った。


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