玉ノ井塾暫定掲示板



カテゴリ:[ ビジネスと社会/経済 ]


174件の内、新着の記事から10件ずつ表示します。


[176] 玉ノ井塾緊急連絡

投稿者: 鈴木泰章 投稿日:2017年12月11日(月)19時26分19秒 124-140-244-89.rev.home.ne.jp  通報   返信・引用

塾員各位

 直近の変更で誠に申し訳ありませんが、
諸般の事情で忘年会の会場が急遽変更になりました。
新しい場所は日本橋高島屋の特別室です。
(具体的な場所は明日ご連絡いたします)
参集時刻は17時30分にお願します。
これに伴い編集会議も変更された場所で行います。
明日のメールと掲示板にご注目ください。

以上、野村塾長からの指示で鈴木が連絡します。




[175] 編集会議開催

投稿者: 北澤編集長 投稿日:2017年12月 9日(土)09時53分15秒 124-140-244-89.rev.home.ne.jp  通報   返信・引用

12月15日(金)に開かれる忘年会の前、17時30分から銀座「楼蘭」で編集会議を開催しますので編集委員はお集まりください。玉ノ井思潮第20号の発汗に伴う意見の集約です。編集委員以外で関心ある塾員の参加も歓迎します。



[174] 居酒屋ブルース 619 うなぎ本丸

投稿者: 塾長 投稿日:2017年12月 4日(月)14時49分26秒 p6734095-ipngn30701marunouchi.tokyo.ocn.ne.jp  通報   返信・引用

10.26  晴 北沢君と一緒に、カミさんの運転で錦糸町駅に8:45に着く。
私は一過性脳虚血発作(TIA)の検査のため慈恵医大病院に行くので、この駅で彼と別れた。
 TIAとは、脳に行く血液の流れが一過性に悪くなり、運動麻痺、感覚障害などの症状が現れ、24時間以内、多くは数分以内にその症状が完全に消失する状態である。
脳細胞に栄養を与えている脳の動脈が血栓(血の塊)で詰まり、症状が現れるが、脳細胞が死んでしまう前に血液の流れが再びよくなるため、脳細胞が元の機能を回復し、症状も消失する。
脳梗塞の前触れとして重要な発作である。
 4年前に、急に右側の手足が動かしづらくなり(麻痺)、この病気が突然に発生し、救急車でこの病院に緊急入院した。7日間入院して、首の中にある頚動脈の状態、血管の詰まり具合を調べる頚動脈エコー(超音波)検査、脳の血管で狭くなっている部分がないかを調べる頭部MRI検査をした。
発作の原因が分かりTIAの疑いと診断された。
重大な脳梗塞に陥ることを予防するため、神経内科井口教授に世話になっている。その後、加齢による陳旧性梗塞、軽度の動脈硬化性変化はあるが、前回と比べて大きな変化を認めない診断であった。
 9:40 頸動脈エコー検査をしてもらった。20分で終了した。
次の頭部MRI検査のため、画像診断部へ行き、15:30の予約手続きを完了した。
 5時間半の時間を有効活用するため、映画鑑賞をするため新橋駅に戻った。「食事処 舞阪」は11時の開店で準備中であった。有楽町へ向かう気持ちが変わった。浜名湖のうなぎが食べたくなった。
30分歩いて、慈恵医大病院の隣にある「うなぎ 本丸」に11:10に着いた。店頭でうなぎ弁当を販売している、その横の階段を上って二階が食事処だ。階段を上がりきったところにレジがあり、レジ前のメニューを見て上うな重2800円を注文する。
 馴染み深いリーダーの女性スタッフの「久しぶりですね」の挨拶を受ける。彼女とは16年の長い付き合いである。この数年は病院帰りのご褒美昼食はうなぎはカロリーが多いので、「とり徳」のB弁当になっていたのだ。窓側のテーブル席に座った。お茶を運びながら「元気そうですね」笑顔で話してくれた。「なんとか頑張っています。今年3月にリニューアルオープンした本丸の内装は立派ですね」と答えた。
厨房の男性スタッフが元気に一階の焼き方に伝える注文銘柄の伝言も耳に心地良い。
 待つこと、10分でうな重が供された。浜名湖から仕入れて中型の一匹を丸ごと使われて、十分な厚みがあり、脂が乗っている。
老舗江戸前らしく、身も皮もふっくらと柔らかく焼き上がり、口の中で蕩けた。
山椒は吟味しているので香りが立って、別添でタレを垂らすと鰻の美味さが加速する。
ゆっくりとと食べる予定が速くなる。お新香は奈良漬け、大根、きゅうりの組み合わせで、厚みがあって、
上質なお新香。肝吸いは三つ葉が入って美味い。
 〆のお茶を飲んでゆっくりしたが、長いは店に悪い。
11:50 彼女に「お待ちしております」と送られた。
NHK発祥の地である愛宕山にあるNHK放送博物館を見学して、時間を潰そうと考えた。
慈恵医大病院前まで戻ると、さっき30分歩いたせいか、膝が痛くなってきた。NHK放送博物館を諦めて、病院に戻った。テレビを見たり、待合室で時間を過ごした。
15:20 MRI検査室前で待った。15:50 「外来のこの検査室では、まだ長引くので、中央棟2階の入院患者の画像診断部へ言ってください」のスタッフの指示があった。
 中央棟は帯状疱疹、顎下腺の唾石、蓄膿症、TIAで入院した病棟で懐かしかった。
16:00 この中央棟2階MRIの検査室でMRIの頭部MRAの検査が行われた。
16:30 検査が終了して、16:45 精算が終わって、9:20~16:45の慈恵医大病院の長い拘束がやっと終わった。
 うなぎで元気をもらったが、疲れた一日であった。



[173] 居酒屋ブルース 619

投稿者: 塾長 投稿日:2017年12月 4日(月)14時47分54秒 p6734095-ipngn30701marunouchi.tokyo.ocn.ne.jp  通報   返信・引用

10.26  晴 北沢君と一緒に、カミさんの運転で錦糸町駅に8:45に着く。
私は一過性脳虚血発作(TIA)の検査のため慈恵医大病院に行くので、この駅で彼と別れた。
 TIAとは、脳に行く血液の流れが一過性に悪くなり、運動麻痺、感覚障害などの症状が現れ、24時間以内、多くは数分以内にその症状が完全に消失する状態である。
脳細胞に栄養を与えている脳の動脈が血栓(血の塊)で詰まり、症状が現れるが、脳細胞が死んでしまう前に血液の流れが再びよくなるため、脳細胞が元の機能を回復し、症状も消失する。
脳梗塞の前触れとして重要な発作である。
 4年前に、急に右側の手足が動かしづらくなり(麻痺)、この病気が突然に発生し、救急車でこの病院に緊急入院した。7日間入院して、首の中にある頚動脈の状態、血管の詰まり具合を調べる頚動脈エコー(超音波)検査、脳の血管で狭くなっている部分がないかを調べる頭部MRI検査をした。
発作の原因が分かりTIAの疑いと診断された。
重大な脳梗塞に陥ることを予防するため、神経内科井口教授に世話になっている。その後、加齢による陳旧性梗塞、軽度の動脈硬化性変化はあるが、前回と比べて大きな変化を認めない診断であった。
 9:40 頸動脈エコー検査をしてもらった。20分で終了した。
次の頭部MRI検査のため、画像診断部へ行き、15:30の予約手続きを完了した。
 5時間半の時間を有効活用するため、映画鑑賞をするため新橋駅に戻った。「食事処 舞阪」は11時の開店で準備中であった。有楽町へ向かう気持ちが変わった。浜名湖のうなぎが食べたくなった。
30分歩いて、慈恵医大病院の隣にある「うなぎ 本丸」に11:10に着いた。店頭でうなぎ弁当を販売している、その横の階段を上って二階が食事処だ。階段を上がりきったところにレジがあり、レジ前のメニューを見て上うな重2800円を注文する。
 馴染み深いリーダーの女性スタッフの「久しぶりですね」の挨拶を受ける。彼女とは16年の長い付き合いである。この数年は病院帰りのご褒美昼食はうなぎはカロリーが多いので、「とり徳」のB弁当になっていたのだ。窓側のテーブル席に座った。お茶を運びながら「元気そうですね」笑顔で話してくれた。「なんとか頑張っています。今年3月にリニューアルオープンした本丸の内装は立派ですね」と答えた。
厨房の男性スタッフが元気に一階の焼き方に伝える注文銘柄の伝言も耳に心地良い。
 待つこと、10分でうな重が供された。浜名湖から仕入れて中型の一匹を丸ごと使われて、十分な厚みがあり、脂が乗っている。
老舗江戸前らしく、身も皮もふっくらと柔らかく焼き上がり、口の中で蕩けた。
山椒は吟味しているので香りが立って、別添でタレを垂らすと鰻の美味さが加速する。
ゆっくりとと食べる予定が速くなる。お新香は奈良漬け、大根、きゅうりの組み合わせで、厚みがあって、
上質なお新香。肝吸いは三つ葉が入って美味い。
 〆のお茶を飲んでゆっくりしたが、長いは店に悪い。
11:50 彼女に「お待ちしております」と送られた。
NHK発祥の地である愛宕山にあるNHK放送博物館を見学して、時間を潰そうと考えた。
慈恵医大病院前まで戻ると、さっき30分歩いたせいか、膝が痛くなってきた。NHK放送博物館を諦めて、病院に戻った。テレビを見たり、待合室で時間を過ごした。
15:20 MRI検査室前で待った。15:50 「外来のこの検査室では、まだ長引くので、中央棟2階の入院患者の画像診断部へ言ってください」のスタッフの指示があった。
 中央棟は帯状疱疹、顎下腺の唾石、蓄膿症、TIAで入院した病棟で懐かしかった。
16:00 この中央棟2階MRIの検査室でMRIの頭部MRAの検査が行われた。
16:30 検査が終了して、16:45 精算が終わって、9:20~16:45の慈恵医大病院の長い拘束がやっと終わった。
 うなぎで元気をもらったが、疲れた一日であった。



[172] 居酒屋ブルース 618  亀戸駅東口 「パブ 琴」

投稿者: 塾長 投稿日:2017年12月 1日(金)13時53分21秒 p6734095-ipngn30701marunouchi.tokyo.ocn.ne.jp  通報   返信・引用

10.25 鍋谷さんが勤めているリアルシス(株)で開催した歴史の会に出席した。
講演者は「住まいの研究所」に勤めている小山さんであった。テーマは昭和の住宅の流れであった。
 講演を聞きながら、私の住生活を思い起こしていた。結婚を昭和48年5月にして、5年後ウチダの後輩の竹内君の提案で600万円かけて改造した。
 子供が二人生まれ、この家が手狭になって、カミさんの要望で11年後セキスイハイムを新築した。
土地は広いのに、この程度の家しか持てないのは無念であった。
姉ヶ崎カントリー?楽部の会員権を280万円で買って金がなかったからだ。その後、この家に1200万円を投入して、2回手を入れ終の棲家となっている。
 一時間半の講演が終わって、鈴木編集委員の負荷軽減策を鍋谷さんに相談していたので、編集経験が豊富で有能な人材の斎藤さんが探せたと知らされた。北沢編集長も喜んだ。
鍋谷さんは顔が広く、頼りになる友人なのだ。。
その人のお礼をどうするかは多少心配であったが、鈴木編集委員と相談して、11.8の編集会議に立ち会ってもらいとお願いした。
 懇親会は盛り上がっていた。北沢君の日本酒のペースが速い。20:30を過ぎると出来上がってしまった。
鍋谷さんが私に、「電車は無理なので、泊めることができませんか」と心配してくれた。
私も同意して、小倉さんと一緒に、会場を後にした。
 タクシーに乗って、酔いが冷めたせいか、元気になっった。「野村の家に泊まるのなら、亀戸の夜を楽しもう」と言い出した。
 私も小倉さんも嫌いではないので、「パブ 琴」へ電話をして直行した。
亀戸駅東口から徒歩1分の店の前で、中国人の美人ホステスJUNKOは待っていてくれた。
亀戸駅は総武線に加えて東武亀戸線があり都営バスの乗り換え客も多く、 駅前は大混雑している。
しかしそんな人の流れとはあまり関係のない一画 が亀戸駅東口から続く裏通りである。
居酒屋、大衆食堂、アジア系スナックとオヤジ向きの店が多い。9時過ぎは大人の時間なのに、かなり侘びしい風情でそこはかとない場末感が漂っていた。
 3人分18000円を前払いして、彼女の後に続く。チャイナドレスの裾をたくしあげて、急な階段を上って行く様が何とも艶めかしい。二階の店の奥のテーブル席に座った。
サントリーの角の水割りで乾杯した。カラオケは小倉さんの「いい日旅立ち」でスタートした。
北沢君は夜来香(イエライシャン)を中国語で歌ってくれた。
中国語を勉強してきたので、見事な発音であった。小倉さんにもどり「黒い花びら」を歌った。
私は「関東春雨傘」を歌わせられた。風邪が長引き、喉が痛いいため、トランサミン500mgで治療中なので、カラオケは辛かった。北沢君は中国語の歌を唄って、JUNKOが合いの手を入れて盛り上がっていた。
11時過ぎ、やっと二人客が来店した。小倉さんの「旅姿三人男]で〆た。
タクシーを捕まえて、小倉さんに拙宅に送ってもらった。
 北沢君は拙宅でバタンキューで眠りに入った。



[171] 居酒屋ブルース 617  鈴木編集委員の緊急連絡 

投稿者: 塾長 投稿日:2017年11月30日(木)12時56分24秒 p6734095-ipngn30701marunouchi.tokyo.ocn.ne.jp  通報   返信・引用

玉ノ井思潮は原稿の締切日は9月末であったが、遅れた人、修正したい人、急に追加原稿を書きたくなった人が鈴木編集委員に殺到していた。
責任感強い鈴木編集委員は孤軍奮闘、膨大な事務量にきめ細かく対応し原稿をPDFの文章にして発刊へ加速していた。風邪を引いても頑張ってくれていた。11.8に印刷屋カントーとの編集会議も準備出来た。
10.14 緊急連絡が入った。
 編集委員各位
母親が危篤状態に入り、暫く編集作業が滞りそうです。
今朝方実家で体温が38度2分まで上がり、震えが止まらなくなって救急車で入院。
こん睡状態が続いており、何時最悪状態になるか判らない臨戦態勢に入ってしまいました。
イザと云う時には当方が喪主になるため編集作業が当面できなくなります。
もし発刊日を遅らせることが出来れば、一段落してから引き続き作業を続けますが、
塾員皆さんに迷惑がかかってしまいます。
そこで肝心な時に誠に申し訳ありませんが、代って担当してくれる人を探して頂けませんか。
担当者が決まりましたらデータの引継ぎ方法などを相談したいと思います。
よろしくお願い申し上げます。

 原稿の編集作業で現在残っている作業は
① 写真集2ページのレイアウトとコメント付け(写真16枚は選別済み)
② 埋草写真の選別と貼り付け
③ 目次の飾り付け(レイアウト案は作成済み)
④ 表紙のレイアウト
などです。
                       鈴木泰章

10.15に松本先生から鈴木編集委員へメールされた。
 鈴木泰章様
母上の病状を伺い、ご心労のことと存じます。
私見ですが、発刊日を遅らせてでも看護に当たられたほうが良いのではないかと思ってます。
母君の御回復を心よりお祈り申し上げております。
              松本  光

この緊急連絡に苦慮した。代って担当してくれる人を探してくれの要望は難しかった。
北沢編集長と検討しなければならないと考えた。
優先することは、私も松本先生同意見であったので、親孝行を優先してくださいと電話した。
 一日を置いて、
 編集委員各位
 母親(98歳)の件ではご心配をおかけします。
こん睡状態だったのが目を開けて足が痛いと叫んだようです。
入院当初は数時間の命と言われていたのが、24時間経過して目を開けるとは信じがたいです。
この状態だと臨戦態勢は必要ですが、様子を見ながら編集作業が出来そうです。
 鈴木編集委員からメールが届く。
 10.18 講演小倉さんの例会へ出席してくれた。
鈴木編集委員の負荷軽減と今後の発刊体制をどうするかを鈴木編集委員、北沢編集長と検討した。
 二次会は男鹿半島で汁の少ない新米のきりたんぽ鍋を堪能した。



[170] 居酒屋ブルース 616  蕎麦屋・養生料理「高の」

投稿者: 塾長 投稿日:2017年11月28日(火)13時18分43秒 p6734095-ipngn30701marunouchi.tokyo.ocn.ne.jp  通報   返信・引用

10.17  中村 晃夫君が亀戸で飲もうと誘ってくれた。JEXERでプール歩行して、亀戸駅で12:00に待ち合わせた。
昼からやっている酒場が次々とオープンしている亀戸は、昼飲み人にはますます注目のエリアである。
餃子専門店、ホルモン屋、立ち飲み屋、老舗ぽい大衆酒場、料理に拘る個性派酒場が林立してデープな街と言われてきたが、元々歴史的にも亀戸はデープな街だった。
 江東区北部をほぼ東西に横断する総武線の、亀戸駅から北側には亀戸のラウンドマークである亀戸天神がある。
 亀戸天神裏に三業地が許可されたのが明治38年のことで、昭和5年頃には芸妓屋89軒、芸妓236名、料亭11軒、幇間4名、待合79軒を数えたと言われている。
 戦後も花柳界は長らく存在して、三業組合は平成9年に解散をした。
 この花街に隣接して私娼街が存在し、それらをひっくるめてこの天神裏三丁目を「大人の遊園地」と呼ばれていた。
 関東大震災(1923年〝大正12年〟9月1日)で浅草十二階下の銘酒屋が壊滅し、その代替地として業者が
玉の井や亀戸に移ってきた。銘酒屋は、酒を売るという看板をあげ、飲み屋を装いながら、ひそかに 私娼を抱えて売春した店である。
 大正末年の時点で玉の井の338軒に対して亀戸が443軒と、かなり大規模だったことに驚く。
飲み屋、寿司屋、蕎麦屋、映画館なども建ち並び、「遊園地」と呼ぶにふさわしい男の遊び場であった。
しかし戦災で全焼の憂き目にあい、戦後は赤線に移行。ちなみに、赤線とは警察の地図には、売春を目的とする特殊飲食店の 集まっていた地域を赤い線で囲んでいたことからこう呼ばれた。
新小岩「丸健」、小岩「東京パレス」、「洲崎パラダイス」、「鳩の街」などに業者が分散して規模も戦前と比べて小さくなった。それでも昭和33年(1958年)4月1日の「売春防止法」が施行されるまでは真夜中までも賑やかなでデープな盛り場であった。それから30数年間、この遊園地は部分的に次々とマンションや共同ビルに建て替えられていった。部分的であるので、棟割り長屋、おんぼろアパート群が残って往時の姿は見られない、まだら模様の住宅街になった。
 中村君が誘ってくれた店は馬肉、猪肉、鴨、ときには鹿肉などジビエが看板の蕎麦屋・養生料理「高の」で、雰囲気はどこか山村の郷土蕎麦屋のような佇まいであると教えてくれた。
彼も初めてで、住所を探すと亀戸二丁目団地の敷地内にあった。店内は壁はブロック、床はモルタル。
建物の構造上仕方ないかもしれないが、それをうまく隠すように、木の内装でぬくもりを感じる空間にしていた。カウンター越しに調理場が確認出来、気さくそうな店主が目の前で調理する姿を見る事ができた。
座席はカウンターと4名がけのテーブルが2つあり、奥のテーブル席に座った。都内では珍しいオリオンビールの生480円、サッポロラガー赤星480円があった。迷ったがよりライトなオリオンを注文した。
 摘まみはポテトサラダであった。
 私のサービス精神で店がお薦めの逸品を注文してしまう。勘定は私が三分の二、中村君が三分の一を了承してもらい、最高級の尾乃身の刺身を1500円を頼んだ。熟成期間がほどよいので臭みがなくトロッとした中にも弾力あり、噛む度に旨味が広がるクジラ肉を味わった。貴重品のせいか小さめにカットされたものが5切れで、薬味はニンニクであった。「函館で尾乃身の握り摘んだら、一貫1200円だった」とリップサービスして、亭主に「養生料理とは」を訊ねた。
「養生料理とは健やかに過ごすため蕎麦や胡麻、豆などの作物、青魚、ジビエを素材として使い、素材を正しく調理した料理」と答えてくれた。
 鳥もも素揚げ390円を注文した。大ぶりのモモ肉を割り箸に突き刺して素揚げした一品であった。
ガブリとかぶりつくと、表面はカリッと香ばしく、肉は柔らかでジュワッと熱々肉汁が滴る。値段が安いのに驚く。酒を東京のビルないで造った日本酒「江戸城」480円に替える。旨酒であった。
中村君がシシャモ酒を飲みたいと主張してくれた。これは焼いたししゃもを熱燗に投入したもので、ひれ酒みたいに香ばしさを酒に移したものだ。初めての体験で香よく不味くはなかった。
会話が弾み、心地よく酔っていく。締めはお薦めの胡麻もり蕎麦780円を頼んだ。蕎麦の麺は手打ちなのか、極太麺、色黒で野性味あり、歯応え良く、風味があり美味かった。
亭主にソバ粉は「霧下そば本家からですか」と訊ねると、「そうだ」と答えてくれた。
信濃と越後の国境、妙高山麓を流れる関川清流のほとりに生まれた「霧下蕎麦」は練りゴマを溶かしたこくがあり辛口なそばつゆに相性がよかった。地元文化にある「霧下そば本家」のそば粉は初めてのたいけんであった。亀戸大根、刻みネギとワサビを添えて供された。
吟味した素材なのに、安いので聞いたら亀戸価格だそうで、そのために亀戸大根も自分で
作ったりなどコストを抑える工夫をしていると言う。心意気を感じたマニアニックでデープな店であった。
 勘定は8000円でお釣りが来た。
 中村君には土産を頂いたり、楽しい時間を共有できて嬉しかった。



[169] 居酒屋ブルース 615  真鶴半島 栄寿司

投稿者: 塾長 投稿日:2017年11月24日(金)12時28分55秒 p6734095-ipngn30701marunouchi.tokyo.ocn.ne.jp  通報   返信・引用

10.14  7:20 起きて、アルコールを抜くため朝風呂を使った。
昨年 12.5 「くれたけイン浜名湖」に泊まった。駅から近く、部屋は狭かったが、清潔であった。
その狭い空間にゆったりしたセミダブルが90%を占めいたので、さらに狭く感じた。
無料の朝食がビジネスホテルとしては種類が多く、美味しかったので大当たりのホテルであったので、
今回もこのホテルを選んだ。
 7:55 ブッフェ形式の1階朝食コーナーへ行く。 朝食は結構メニューがあった。 安いケータリング業者の薬くさい食物もどきとは全然違う。 手作り感のある素朴なおかずが種類豊富でどれも美味しそうであった。
低価格なのに、すごく朝食に努力しているという印象であった。
野菜サラダ、温泉玉子、ヨーグルト、牛乳、ケロック、カレーライス、コーヒーと期待以上の満足の朝食であった。
 ホテルでゆっくり過ごしたい、仕事をしたいという方には向かないが、部屋で寝るだけの観光旅行者、
ビジネス利用にはなかなか良いホテルと再確認した。
 8:20 料金 4450円をチェックアウトして、ホテルを後にした。
板屋町690は盛り場でなく、ビジネス街であった。Yahoo地図を見ながらアクトシティ浜松へ向かった。
土曜日のせいで、閑散としていた。5分ぐらい歩くと、雨が降って寒くなってきた。
タワー45階の展望回廊から遠州灘を眺め、浜松市楽器博物館を訪れる予定であった。
8:45 アクトシティ浜松に着いたが、20分ぐらい道に迷いながら歩いたので、膝に痛みが出てきていた。9:03 浜松駅発の鈍行列車で足を癒しながら、東京へ戻ることを決断した。
掛川、興津、富士、沼津、熱海と乗り換え、12:03に真鶴駅に着いた。浜松より温暖で雨は上がっていた。
 函館と青森、本州と北海道を最短ルートで結ぶ津軽海峡フェリー を3時間40分で渡ったせいか、3時間は長過ぎではあったが、我慢できた。
 栄寿司に電話をして、タクシーで12:15に着いた。
カウンター席に座って、9.25の天城会の差配のお礼を述べた。菊正宗の2合を燗で息子の三代目に頼んだ。
尾赤ムロのタタキがでる。尾赤鯵。標準和名は、「 オアカムロ」 と言う。はじめてお目にかかる魚であった。伊豆諸島や奄美諸島辺りに多いムロアジの種類と言う。伊豆諸島の名産「くさや」に加工される事が多く、余り鮮魚では流通しないタイプである。アジの仲間であるが、真アジと比べるとぼってり太っていて細長い体型で、名前のように尾が赤い現物を親方は見せてくれた。真っ赤な魚肉で、味覚、食感は、ムロアジに似ていた。違うのは、尾が赤いか黒いかといった違いくらいらしい。ボッテリして、まったり感のある味であった。イサキの刺身、チダイの焼物と私の好物が続く。
春にイサキの子供「ごっそり」を摘まみ、今年も名残りまでお世話になった魚である。
今年の食べ修めの気分で味合った。
 真鯛と似ているチダイの見分け方チダイの見分け方は、チダイは目の後ろにある赤いライン部分あり、尾の末端が黒と弥生ちゃんに教えてもらった。菊正宗の燗をお代わりした。
脂の乗り具合は多少違うらしいが、真鯛は夏場に味が落ちるので、チダイの方が重用される。値段の差は真鯛より漁獲量多いからである。上質な脂を賞味した。
小ムツの煮付けがでる。旬は秋から冬。小さくても脂がのっている。むつっこい(脂っこい)魚であるというのが語源となっているように、脂ののった身は非常に美味であった。
またそれ以上に珍重されるのが「むつ子」、すなわち卵巣である。ムツとクロムツは非常に似通っており、市場においても区別なく流通している。見分け方は、体色がやや茶色がかっているのがムツ(本ムツ)。紫がかった黒色をしているのがクロムツと言われている。この煮付け心に残る美味さであった。
 すでに、腹は一杯であった。この店では、1人はもったいない3人ぐらいがベストである。
握りは別腹で吟味してくれた地魚を握ってもらった。
カワハギ、アジ、カイワリ、トビウオ、赤ヤガラ、イボダイで椀は赤ヤガラの潮汁であった。
 イボダイについては、石橋さんから偶然にもメールがが来ていた。「一般的にエボダイ別名イボダイで漢字は疣鯛と書くそうです。豆の平は浜名湖の呼び方のようです」であった。
私は干物ではよく食べたが、握りでは珍しかった。鮮度がよいので、酢じめの握りは思った以上に美味かった。カワハギ、アジ、カイワリ、トビウオ、赤ヤガラは最高の握りで、今回の旅のフィナーレを飾ってくれ、贅沢な宴を堪能した。勘定は大サービスの8000円でお釣りがきた。年内再訪を約束した。
親方に真鶴駅まで送ってもらい、14:20の快速アクティーで東京へ帰った。



[168] 玉ノ井思潮第20号発刊へ

投稿者: 北澤編集長 投稿日:2017年11月22日(水)10時17分29秒 124-140-229-40.rev.home.ne.jp  通報   返信・引用

玉ノ井塾各位

 お待たせしました。
玉ノ井思潮第20号が11月30日(木)に発刊の運びとなりました。
皆様から積極的に出稿していただいた結果、総ページ数168、内カラーページ16の立派な雑誌となりました。
写真集が3ページありますが、山本修さんがイベントごとに撮ってくれた皆様の姿がカラーで入っています。

そこで皆様にはご希望の部数と送達先を11月28日(火)までに野村塾長へご連絡くださるようお願いします。

なお1部700円ご負担いただきます。ただし塾員には2部が無料で提供されます。
また別途配送料(約1,000円)もご負担いただきます。

以上



[167] 居酒屋ブルース 614  「いわし料理専門店 浜膳」

投稿者: 塾長 投稿日:2017年11月21日(火)11時26分28秒 p6734095-ipngn30701marunouchi.tokyo.ocn.ne.jp  通報   返信・引用

浜松駅北口から板屋町の「くれたけイン アクト浜松」へ向かって歩いた。駅周辺は地下街を通らないと板屋町へは行けないようだ。膝が悪いので、エレベターを探すのに苦労した。
ホテルは「割烹 紅すずめ」の側にあった。15:20 チェックインした。このホテルは昨年12.4中京競馬場に行ったときに、日曜、祝日限定「ゆったりセミダブル」でマネージャー涙目、苦渋の決断で一泊4500円でインターネットで予約した鷲津にある「くれたけイン浜名湖」と同系統である。とにかく朝飯バイキングが美味く、値段が安い。静岡県の旅行にはお薦めの宿である。
  石橋さんに電話をした。「18:30に場所を決める」と言う。疲れていたので、昼寝した。
18:00 石橋さんから電話きて、鴨江小路沿いの中部電力の側にある「いわし料理専門店 浜膳」に決まった。ホテルを出ると小雨がパラついた。タクシーは15分ぐらい捕まらなかった。
ホテルで呼ばなかったことを後悔した。石橋さんは店の前で待ってくれていた。
5.15 錦糸町 炉端焼き 海賊で会食して以来の再会であった。
この店は外観も内観も小料理屋さんといった雰囲気で、堀座卓のある個室に案内された。
生ビールで仙石さんを偲び、献杯でスタート。「浜膳さんには、4年前の7月に、宮田さんと一緒に、舞阪の中羽の真イワシの刺身を御馳走になり、別物のイワシであった」と話すと石橋さんは笑顔になった。
USAC OB会には河崎さん、金井さん、鍋谷さんが参加し、名古屋の松岡社長が仙石さんが亡くなったことを話したと報告した。石橋さんに会えると思った会員も多かったので、「10.12、13は先約があって、参加できなかった」と欠席理由を話したことも伝達した。
葬儀には大野君、内田君が来ていたが、松岡社長は気がつかなかったようだ。
2014.6.27石橋さんに「割烹 紅すずめ」へ案内してもらい、まだ現役の仙石さんと会食した思い出を語った。「鍋谷さんも来ていたの」と懐かしそうに呟いた。後日、この話を鍋谷さんに告げると、30数年前、
石橋さんが中央事務機を創業した当時、浜松市の中央通りで、信号待ちしていた石橋さん運転のファミリアに追突事故が発生し、二人ともむち打ちで入院した経緯を話してくれた。
 この店は遠州灘、浜名湖の地の利を生かした魚卸商が経営しているだけあって、魚介類は新鮮で何を食べても美味しかった。
浜名湖は本湖を中心に、猪鼻湖、細江湖、庄内湖で構成され、面積は国内10位の規模ながら、その大部分は船の行き来もままならないほど浅い。湖内に生きる魚の多くは、この深みに沿って回遊している。浅い湖は溶け込んでいる酸素が多く、多種多様な生物が逞しく生きている。秋の釣り物としては、ハゼやアジはもちろん、マニアが好むクロダイやキビレ、スズキなどが釣れる魚の宝庫である。
「好きな品をとりなさい」と薦められたが石橋さんに任せた。
スズキ、カツオ、スルメイカを注文してくれた。スズキは大きくなるにつれヒカリゴ、コッパ、セイゴ、フッコ、そしてスズキと、その名称が変わる成長魚である。旬は夏であるが、最近はずれる。
 今日の厚切れのスズキは上質な白身で、鮮度が良い生の身は食感があり、、スズキらしい独特の風味と脂が楽しめた。酒をいいちこのお湯割りに変えた。遠州灘の戻りカツオも唸る美味さで余韻が残った。
残念ながら、イカ好きの私に配慮して、注文してくれたスルメイカは冷凍物で箸がでない。私は7月に函館でこのイカを食べに行ったが、型、肝も小さく激減したと嘆いていた。
 メニューに豆の平一夜干しが珍しかった。これはイボダイの別名と言う。フッコを越えてスズキにあと一歩の浜名湖の魚をマダカと呼ぶのも遠州のユニークであろうか。
続いて、ハゼの天麩羅が供された。揚げたてなので身が、 口の中でほわほわっとして、するっと喉へ収まった。しっかり揚げられているので、サクサク食べた。八丁堀の天麩羅小野に負けない見事な技であった。
 5.15に錦糸町で飲んだ若い板前の腕に感心した。遠州灘、浜名湖の魚を堪能した。
勘定は石橋さんが奢ってくれた。若き板前に挨拶して20:00に店を後にした。
二次会は私に持たせてくれと「スナック春夏秋」へ誘った。
この店は住宅街にあり、中年女性に人気のカラオケ中心の店である。カラオケに点数が付き、高得点が出ると特別なサービスがあるようだ。ママは仙台出身で丁寧できめ細かい気配りで心地よかった。
久しぶりに「遠くで、汽笛」「街角 すみれ」等を聴かせてもらった。深夜12時近くまで歌いまくった。
この店も私が払うと主張したが、石橋さんに奢られてしまった。
石橋さんを送って10.14、0;20にホテルに戻った。


レンタル掲示板
174件の内、新着の記事から10件ずつ表示します。

お知らせ · よくある質問(FAQ) · お問合せ窓口 · teacup.レンタル掲示板

© GMO Media, Inc.